数カ月前のこと、
応接間から庭へ出ようと硝子戸を開けたところ、
直ぐ足元のコンクリートの叩きの上に、虫の死骸と想われるものが転がっている。
埃まみれめいて断定しがたかったが、虫だとすれば体長3,4センチ。
屈み込みつつ手を伸ばしてつまみ上げようとすると、
そのものが、思い掛けなく機敏に反応。
ブドウ虫が、仰向けにひっくり返っていたのだ。
彼は、「死んではいないぞ」と言わんばかりの勢いで這い出し、
叩きの突っ先から地表へと滑り降りる。
と思うと、なんだかヤケクソめいた慌ただしさで、鼻先をそこらの地中へ突き入れ始める。
その動作の意味を解しかねて、しばし呆然と見守っていた私は、
ふと、彼は、乾ききった地表の下に、水気を求めているのではと思い付いた。
しかし、生きるため必須な目的物に尋ね当たらず、
それこそヤケクソになって、もう死んでもいいつもりになって、
いやが上にも居心地の悪いコンクリートの上に身を投げ出していたのでは、
との想像さえたくましくされる。
推測の域を出ないまでも私は、撒水用の蛇口へ駈け寄らずにはいられなかった。
その下に据えられているバケツに溜まっているのから柄杓半分ほどを汲み取り、
水が虫自体を脅かさないよう、
彼の現在地を中心とする半径30センチ付近に、柄杓を静かに傾けていく。
うまい具合に水は、虫の間近まで、地表をおもむろに辿って行く。
それは、彼の視覚にとって、どのような光景に映じただろうか?
乾ききった大地の彼方が、
スコールにでも見舞われたかのように黒ずむのを見て取ることができただろうか?
気が付けばその気象の変化、あるいは豊饒な黒ずみは、彼の目前へ迫っていた。
岸辺に両手を当てがい、直かに流水へ口を付ける人さながら、
虫は、それへ向かってガバと上体を伏せる。
いつまでも、いつまでも、微動だにしない。
私自身が、例えば互いに内省しつつの会話に恵まれたときにも似て、
確実に渇きから癒されて行く。 |
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