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心 の パ レ ッ ト

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〈研修へ向けて R〉 引用
池見 隆雄 2019/2/20(水)15:25:01 No.20190220150935 削除
(hikaruさん

 こちらでも、昨日午後から、不意に春めいて。
 それでも、猫のチビは、灯油ストーブの真ん前に陣取っているよ。

 季節感を添えた、見るからに美味しそうなドーナツを、
 コーヒーとともに味わったんだね。

 やがて外界にも、hikatuさんの内界にも、
 桜が綻び出すのだろう。)



さて、内面の感触からの言葉の生成という事態について、
長年、奇異の感を覚えずにいられなかったのは、
日常、あるいはグループ内においても、
私が私自身の問題のために困惑や苦境に陥っていたとして、
そこからの浮上の手掛かりすら、決してそのようには得られないということ。

幾らジタバタを放擲(ほうてき)し、内側へ意識を指向させようと、
そこに大雑把な感触、また微細な運動の兆しは無きにしもあらずながら、
それらは言葉への結晶を促すほどの求心性、潜在力を帯びてはいない。

先の生成という事態は、
主にグループ中、他者とのコミュニケーションに絡んで、
私から他者への方向のみ。
尤もそのとき、私自身もまた、形容し難い内面の温もりや、
己が存在の意味へと開かれた観を呈する、超常的な落ち着きに見舞われるのであるが。

ところが、昨秋の3泊グループ期間中、
一まとまりの言葉が、紛れもなく私自身へ向かって、滾(たぎ)り立ってくるという、
曾てない体験に遭遇することになった。

そのグループ後、まだ精々4ヶ月。
個々の参加者のプライヴェートな領域に踏み込みがちでもあるグループの性格上
その不文律に照らすなら、
具体的場面へ言及するのは時期尚早のためらいを無しとしないが、
私自らの身に起こったことであるから、
ここへ持ち出すのも、参加者の方々に、大目に見て貰えるかと思う――

その発端となったのは特定のある方との対話であり、
別してその方のご寛恕を請う次第であるが、
有体(ありてい)に言はば、仮令(たとえ)その方が多少の抵抗を覚えられようと、
このことを私は、今ここで、表出せずにはおれない気持ちだ。


この一年ほどの間のグループの都度というのでないが、
そのときどきの参加者の誰彼へ、
「生まれてきて良かったですね」の一言を掛けるということが、私には、重なっていた。
それも無論、内面の感覚に拠り所を持つには違いないのだが、
伝達への切迫感は稀薄で、いうならば、そのとき、
それ以外のどんな働き掛けも、当の相手へ対して思い浮かばないが故という、
消極的な意味合いを帯びている。

それを更に敷衍(ふえん)すれば、
その言葉以上の働き掛けに至れないと私自身は納得しつつ、
仮令伝えたところで、相手方の腑に落ちる筈もないとの見通し――諦念も、
合わせ抱いているということか?

大体、その一言の語句内容にしてからが、
その方が提示されている、具体的で且つ難解極まりない課題へ対して、
視点転換を仄めかすという意味で、あまりに漠然との心証を与えかねまい。

昨秋のグループ3日目の午後のセッション(2時〜5時)の最中にも、
私は、同様の発言に及んだのだ。
果たして相手方から、怪訝というより、不本意とも受け取れる口吻の、
「それ、何? 」との問い返し。

その人の心のどこかへ、微かにでも滲みてくれればとの願いも皆無でなかったので、
些かの落胆と、「それも当然」との心持とが交錯する。

とそのとき、思わず識らず、己の喉奥から、
「ひとにはそう言えても、私自身へは言えないんですよね」
との述懐が滑り出た。 間髪を入れず、
「え? どうしてですか? 」
と再び、今度は前のめりに問い返される。
私のその言が、なにがしかの真実味の衣を纏(まと)っていたのか?
そう問われた以上、半ば義務的にでも、内省せざるを得ない。

従って、分析的にあれこれと知性のみ働かせており、
「意識できる範囲の私の心の領域に、抜き差しならぬ自己否定が蟠(わだかま)っていて、
 それが、他の、あるいはより深い領域からの、そういった肯定的な思いの湧き上がりを、
 重しのように抑え込んでいるのかな・・・」
などと取り敢えず言葉を並べたが、
それらが私から遠くに響く塩梅(あんばい)で嫌気が差す。

そして、その私の感受を、問うた人へ隠さず表明して、
なんとか受動的な内省の拘束から免れようと図るや、
肺底あたりへ思い掛けなく、
上昇気配――言語化を私に迫って止まない、深甚(しんじん)なエネルギーを蔵した、運動の身体感覚が
孕まれるではないか。

それが触知されて数瞬後、
「今なら言えそうです」と、上昇気配を懸命に制しつつ相手方へ。
次いでグループの他の皆へ向かって、
「私自身へ、『生まれてきて良かったね』と言ってもよいですか? 」と。

問いの形式を取ってはいるものの、実のところ宣言に他ならない。
誰も承諾の素振りを見せたわけでもなく、といって、迷惑の気配が醸されたわけでもない。
内的運動は私の口を衝(つ)いて迸(ほとばし)り出、
辛うじて、それに切れぎれに、
「生まれてきて良かったね」の一音一音が貼り付く有様。

その直後の私の自覚の程をイメージ化すれば、
長い年月、私の内面の暗黒のスペースに幽閉されていた、牛相当の矮小ではない生き物が、
一隅にようやっと微かな光の隙間の生じたのを幸い、
あらん限りの情熱でそれ目掛けて跳ね出して行った。

他者へ向かって、身体感覚(身体内運動)に即した“私の”言葉・思いを伝えられた場合とは、
まるで様相を異にしている
(ここに改めて、“私の”とクォーテーションマークを付して表記したのは、
 そういう度毎に、いわゆる自我としての「私」由来の言葉とは異質・異次元と印象付けられてきたからで。
 と共に、そちらの“私”こそが本来の、あるいは、
 自我の枠組みに搦(から)め取られた「私」が、そこから切り離される以前の“私”と、
 自ずと信認させられもするのだ)。

もしかすると、その牛大の生き物とは、長年の私の自己否定の凝り固まりかもしれず、
それが占有していたスペースに、新たに、
「生まれてきて良かったね」の種が蒔かれたとでも言おうか。

ともかくそれ以降、私は、その種を見守っているのだが、
4ヶ月を経た今日に至っても、微細な変化も認められていない。
その種は秋に蒔かれ、この冬を耐えて、やがて訪れる春に当たって芽を吹き――
その種自体は死んで、多くの実を結び得るのだろうか?

仮にそうだとして、その稔りは、「自己肯定」程度のちっぽけな自己本位でなく、
昨秋のグループ以前の1年ほどの間、
グループ参加者、中でも常識的には打開困難な情況下の誰彼へ、
ふと、「生まれてきて良かったですね」と伝えてきたのが、
前触れかもしれない豊かな稔り・・・「人間肯定」・「存在肯定」。


いや、いや、観念の大風呂敷を広げるのは良い加減止めにして、
私の肺底から立ち昇ってきた種なる言葉の佇(たたず)まいへ、
焦らず思いを潜めてみよう。
                     (続く)

春めく 引用
hikaru 2019/2/20(水)11:10:36 No.20190220110011 削除
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No.1
  こんにちは。
2月に入ってから、軽い風邪を引き、低調な日々を過ごしておりました、、

足首骨折の治療は、抜糸をもってすべて終了しました。

今日は、好きなコーヒー屋さんに行けて、SAKURAFULドーナッツなるものを
いただいてきました。

今朝は、もやがかかって、なんだか春めいた天気ですな、、

記念品 引用
hikaru 2019/1/29(火)15:35:00 No.20190129150546 削除
一泊で、手術入院して、足首の骨を固定していた、金属プレートを
抜く手術を受けました。
今回は、腰椎麻酔で、意識ある状態で受けたので、始めは少し緊張
しました。
お腹から下の体の感覚がなくなり、体を動かせず、、
短時間でしたが、医師看護師たちの会話に耳を傾けながら、
自分の体に意識を向けながら、それほど多くは経験しないことなので、
まあおもしろくもありました。

手術が終わり、病室に帰るとき、これもって帰る?と、入っていた
金属プレートとネジを渡してもらいました。
足首を骨折して、骨がくっつくまで、わたしの骨を1年3ヶ月支えて
くれた部品だから、もらってきました。

麻酔が覚めるまで、また、管をつながれて、体を動かせず、なんとも
不自由で、気持ちもよくありませんでした。
今朝、一日ぶりに、ごはんを食べれて、自分で動けるようになると、
心持ちも変わってきました。

退院し、家に帰り、切った傷の痛みはあるけれど、歩き慣れてきました。
やがて、傷もすぐに回復するだろう、、体にはその力があるから、、
気持ちも、すこしずつ、前向きになるだろう。
返信(3)を読む 最新返信日:2019/2/1(金)14:30:54

〈研修へ向けて Q〉 引用
池見 隆雄 2019/1/25(金)13:20:38 No.20190125125439 削除
 私も加わっているエンカウンター・グループの最中、
 ある参加者が己の課題(もつれた人間関係など)の克服、せめて軽減の糸口をと、
 発話に努めたりするけれど、その他の参加者たちはそれへ、何とも応答できない、
 多少とも自分のこととして、共感的に聴くこともでき難い、
 といった場面に遭遇して、
 私自身もまた無力感に苛まれたり、ファシリテーターという立場が不必要に意識されて、
 何とか応答してあげねばと力み焦るわけだが、
 やがてそういう自分本位のジタバタも大方諦め、
 自分の身体内感覚というか――そういうものとして触知されるところの、自分の内面
 ――心持へ意識を向ける他に仕様がなくなる。

 但し、「心持」とはいうものの、始めから言葉として意識されるそれらとは異なって、
 雲のように掴みどころ無く、
 そして感情的に形容するなら、
 絶えず快と不快が微妙に交錯する、一種の運動体、あるいは生き物に譬えられようか。

 ともかくも、そうせざるを得ない――そうなり終わるのは、
 前述したように、過去の同様の場面で、
 雲まがいの内面の感触へ、集中的にというより寧ろ脱力して、何となく持続的に意識を向ける内に、
 その絶えざる快・不快などの感触の転変につれて、ある言葉がそこから湧くように――
 より現実めかして言おうなら、
 取り分け特徴的な、一瞬ハッとさせられる変化と、脳の言語中枢とが、
 あたかも協働するかのように言葉が得られ、
 それが、他者(当の相手)の苦境へなにがしかの糧となるという味わいを重ねてきたが故に。

 しかし、ことがそう運ぶには、基本的前提条件があるように思う。
 それがどういう具合かに、否定面――そう運ばない側からアプローチしてみれば。

 私が、グループ構成員の誰かと対話を試みようとして――
 そのきっかけも、ある発言が、私の内面に“ひっかかり”の感触を残していたりするからであるのだが、
 ふとその互いのありように疑念を覚える、
 あるいは、このままでは対話が成り立たないとの見通し――落胆が胸に迫る。
 とともに、内的運動へブレーキがかかり、私は口を噤むか、
 「何となく、これ以上、話を続けられない気がして・・・」
 などと、隠し立てのないところを表明して、
 この気持ちの立て直しを図らざるを得ない。

 そういう場合の相手の一例を、イメージ化してみれば、
 その全身をすっぽり覆ってしまう壁が、こちらとの間に立ちはだかっており、
 その壁に穿たれた二つの小さな穴から辛うじて、
 あくまで外向きの相手の両眼のみを窺うことができる。

 つまり、その人は、自分の内面を些かでも察知されまいと、頑なに構えている、
 あるいは私始め他者へ、心を開くべく安心できていないといって良いだろう。

 ここから憶測される、先の前提条件とは、
 相手との間に、ある質の関係性――相手の側に立つなら、
 少なくも安心・安全の芽生えが、生じていなくてはならず、
 それのみならず、グループ全体の相互関係が、ある程度以上、安定している
 ――“安心・安全”の心持が共有されている必要がある。

 そこで、多くの場合、グループの初期から半ばへかけては、
 そういう共有の心持の醸成が、スタッフによって
 自(おの)ずから、あるいは半ば意図的に試みられることになる。

 “安心・安全”について付言すれば、
 グループ進行中、その構成員(参加者及びスタッフ)は、誰であれ、
 沈黙していようと言表していようと、そのままが、
 少なくともスタッフ始め他の構成員に拒否されることがない。
 また、ファシリテーター・スタッフは、上位からその場を牽引することなく、
 能う限り参加者個々が、マイペースを維持し得る。
 発言のタイミングにも、殊更な制約は課されない。

 (尚、この小文で取り上げてきた“グループ”とは、
  一般に、「非構成のエンカウンター・グループ」、
  また「ベーシック・エンカウンター・グループ」と称され、
  予めテーマが設定されることなく、
  あくまで構成員の自発的発言、問題提起を発端として、互いの意思疎通が図られる。
  その際、
  当面している困難な人間関係・自分の内面をいかに汲み取り、それをいかに表すかなど、
  個人としての自己を圧殺することなく、
  他者共々社会人としてどう生きるかが話題となり、模索され合う頻度が高い。
  その他、自己とは、生死とはといった、人間存在の根源的課題の持ち出される場合も。)

 しかし、以上は、いわば、見かけ上の“安心・安全”の様相の一端であって、
 私の考え、体験に基づけば、
 先ずはファシリテーターが、その場において瞬間ごとに生じるところの彼自身の身体内感覚に添って言動する、
 不快(窮屈・緊張など)から快(和やかさ、充実、意欲など)への移行・転化、
 更には彼の心理的“自由”度の上昇を目安として。

 そして、彼の内的変容は、
 波紋さながら、構成員各々に、必ずしも自覚されることなく共有され、
 その見えざる有様こそ、文字通りの“安心・安全”に価すると思う。

 ファシリテーターの自由への変容は、
 彼一人のみに帰属するのでなく、他者――全体へも及ぶ故に、
 いわゆる我儘とは全く質を異にする。
 つまり彼は、上位者(リーダー)でなく、
 そうした有様顕現の鍵を握る存在(キーパーソン)というべきが正当だろう。
              (続く)

2019年、、 引用
hikaru 2019/1/11(金)11:28:11 No.20190111112120 削除
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No.1
  今年もよろしくお願いします。

大晦日、出会った積雪で、作ったネコの雪だるまです(クマではありません)。
返信(1)を読む 最新返信日:2019/1/16(水)14:19:10

〈自 信〉 引用
池見 隆雄 2019/1/4(金)14:37:48 No.20190104135737 削除
(この小文は、昨年12月29日中の、自らの心情の再現を試みたもの。)

 今年も、今日を含めて、残すところ3日。
 協会で座卓へ向かっていても、
 常と異なり、周辺の物音は皆無に等しい。
 目の前の公園にも、子供たちの影すら見当たらない、
 寒気が厳しいには違いないが。
 日常は、どこへ、身を潜めたのやら?

 昨日(28日)の書き込みに、
 「(『古事記傳』を読了できるという)確信――自信――“己”という手応えの一要素」
 と記したけれど、
 今日の非日常的気配が、「自信」という言葉の奥行きへと、
 改めて私の思いを運んで行く。

 「自信」――字義通りなら自分への信頼となろうが、
 実際のところ、例えば私という人間の存在は、
 多くの人達、更には自然の事物・現象との、
 災厄をも除外しない無限のニュアンスに亘る、連繋(横の交わり)なしには、
 社会生活を営むことはおろか、生存さえままならない。

 純然たる独力では何事も果たし得ない私が、「自分」というとき、
 その意味内容には多くの――無数の他者との相関が、
 暗々裡に込められていなければならないだろう。

 そこで、私に『古事記傳』を読了できる見通しが立ったとしても、
 「自信」というより、
 他者への、あるいは他者との関係への「感謝」の念の生起するのが
 相応しいのではなかろうか?

 私の持前の才智や意志力を想定してみたところで、
 それらは遺伝その他縦の人間関係に基盤を有するに違いなかろう。

 しかし、他者との縦横の相関のネットワークにおいて、
 あるいは空間的、時間的世界の内において、
 私はやはり、固有の――唯一の存在というべきだ。
 容貌一つ取っても。

 無数の他者と絶対的に区分されるところの自己が、
 何かを遂行し得るということは、
 その者にのみ焦点を当てれば独自であり、
 私が、ほとんど通読した者がないといわれる、『古事記傳』をそうできるならば、
 自信――自力への信頼が、自(おの)ずから頭を擡(もた)げて不思議はない。

 ――そこにおいて、再度、ネットワークへまで視界を広げればどうか?
 全体あっての独自性、また、個々の独自性あっての全体とも言い得るか。
 「自信」とは、
 個々と全体とが呼応する――織りなす、そうした世界内存在への信頼、
 そこに足を踏まえているという実感。

 自惚へ傾斜した「自信」は、
 精神の視野の狭隘、無知故に可能というべきか。

 以上、稚拙ながら、自省を込めて。

〈エネルギー不足〉への書き足し 引用
池見 隆雄 2018/12/28(金)13:19:34 No.20181228130417 削除
 (家内から、「オチがない」と指摘され、
  「題名が〈エネルギー不足〉だから、オチのないのがオチだよ」
  と、咄嗟(とっさ)の思い付きで応じたものの、
  内心、忸怩(じくじ)たるを否み得ず、些か書き加えることに。)

 ついこの間まで、まだ、
 本当に『古事記傳』を自分は読み了えられるのだろうか、
 と疑っていた。
 しかし、さすがにここまで来れば、自ずとそれは、
 確信――自信――「己」という手応えの一要素へ変貌を遂げる。

 とはいえ、明年中に、果たせるかどうか?
 既に5年と9ヶ月余が経過している。

 〈研修へ向けて〉も、只今のエネルギー不足の情況下では、
 結末へ到れるかどうか、些か心許なくさえ思える。
 機の熟するのを、焦らず待とう。

 それを一つの足掛かりとして、
 エンカウンターをテーマに更に何か、何らかの形式で書きたい、
 そういう遊動性の小さくない塊を、内面に抱えている。
 
 
 

〈エネルギー不足〉 引用
池見 隆雄 2018/12/26(水)14:56:25 No.20181226143322 削除
 (hikaruさん、
   クリスマスらしく過ごしたらしいね。
   ケーキのお相伴に預かりたかったところだが。)


 〈研修へ向けてQ〉を欠くには、まだまだエネルギー不足。
 どういう結末になるのか、
 ある程度イメージは浮かんでいるんだけれど。

 今日は年賀状を何十枚か手掛けた、
 尤も宛名やこちらの住所・氏名は、家内がパソコンで打ってくれているので、
 私はそれぞれの方へ、今年頭にいただいた賀状を見返しながら、
 短文を書き入れるのみ。

 それにしても今回は、それらに結構、熱が入った。
 〈研修へ向けて〉へは不足でも、何らか自己表現したい欲求(エネルギー)は現前しており、
 賀状の文のサイズが、それにしっくり合ったというところ――
 ――文字さえ、並年より、幾らかましな姿に見える。

 『古事記傳』は、今朝から、「三十九之巻」に入った――
 ――筑摩書房版の「本居宣長全集」でいえば、四分冊目(最終の巻)の半ば足らず。

 このところ、のっぴきならぬ要件でもない限り、
 毎朝必ず、そのページを開く。
 読了へ向け、第4コーナーを曲がりホームストレッチに差し掛かった感も、
 拍車をかけているか?

 「三十九之巻」は、第十九代、允恭天皇の身の上と事蹟。
 この天皇は病気持ちで、一年あまりも即位を渋っていたらしいが、
 皇后や群臣らの懇請でようやっと。
 第二十代、安康天皇、第二十一代の雄略天皇は、彼の息子。

今宵は 引用
hikaru 2018/12/25(火)17:43:02 No.20181225173800 削除
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No.1
  HAPPY MERRY CHRISTMAS!

むかし、母がしていたように、クリスマスケーキを焼き、
今年は、クリスマスらしいクリスマスを
なんとなく 過ごしました、、

みなさまにとり、明るい新しい年が訪れますように
お祈りいたします。

〈研修へ向けて P〉 引用
池見 隆雄 2018/12/17(月)15:54:01 No.20181217154259 削除
少・青年期、壮年期に到っても、
私の「特攻」への感情移入の程度は、
抜き差しならぬとでもいったところだったように思う。

また、映画などの主人公で、
何らかの事業なり、他者のために献身的に努めながら、
その人自身は、現世的な意味で少しも幸福に恵まれない、
むしろ非業の最期を迎えたりする、そういう人生行路に接すると、
私の胸は張り裂けんばかり一杯になるのだった。

不条理への憤りもあれば、遣り切れなさ、その人物への愛着など
諸々の感情がそこには湛えられているのであるが、
それらを一括するならば、私もまた彼らに劣らず、
この社会で成功しようといった自己本位に染まらない
透明感を伴う生を「生きん」とする意思・衝動
といってもよかっただろうか?

それと、私のファシリテーターへの指向性とは、
必ずしも異質ではないように思う。
こういうと、私という人間は至極“純”な人間と聞こえもしようが、
そうでないことは、むろん、私自身が、肝に銘じて心得ている。

蓮が水底の泥の只中から茎を伸ばして水面に花を咲かせるように、
私は、心の汚泥の重畳たる堆積にこそ根を張っており、
それにまみれつつも水上を目指し、
ファシリテーションの花を咲かせようとするというべきか?

そこでその花を、
姿形において、グループへ滅私的であったり、他者へ献身的であったりし、
本質において、どのような他者の在り方をも己との相異と見て、
価値付けや、好悪の感情に左右されないと、
一先ず定義したいと思う・・・・・・

しかし、私の花は、花となっても、汚泥の臭気からそう免れていない。
つまり、ある種の人に共感しやすく、その逆もまた真となりがち、
ファシリとしての自分の存在感を参加者のフィードバックに求めるとか、
最終的にそのグループがあるまとまりに達し、参加者に良い印象を与えたいなど
欲や無明も少なからず抱え込んでいる。

にも拘らず、“グループ”中のとある瞬間瞬間に、
我欲などから離脱できていることがある、確かにある。
また、そういう時に、普段の我ならぬ他者救済の智慧――着想にも恵まれるのだった。
――それも、「私」にではなく、花の本質に根差しているというべきだろう。
恐らく、そういう瞬間に潤されてきたが故に、
私は更に強く、指向し続けてきたのだと思う。

参加者の一人として加わる場合の“花”もあるけれど、
それよりその立場を担ったときに、試練の風雨にも打たれることによって、
その“花”は、姿形、本質両面において、進展の機会に恵まれやすいと、
私には切に実感されている。

さて、加齢につれて、「特攻」に関連する書物を手に取るといった機会も稀になり、
たとえそうしたとしても、心躍りは曾てと比べものにならない。
映画も合わせてそれらへの感情移入――心の共振は、その振幅を狭めてきたのだろうか?

ある意味では、確かにそうだろうと思われる。
というのが、私の感情移入の形成に、
この世――現実世界からの逃避の願望というものが混入していたと思われ、
そこが、種々の、インパクトを受ける出会い、またグループ経験の累積を経て、
人間関係にまつわる心(とからだ)の奥深さに開眼させられ、
ようやく矯(た)められてきたが故に(逃避傾向について、細かには述べない)。

もう一つ挙げるとすれば、
取り分け少・青年期の「特攻」――特攻隊員への私のイメージといえば、
それこそ“蓮”の花そのものの精神・心情になぞらえられていたわけだけれども、
次第に、そして着実に、
その戦術の無謀さ、悲惨さ、不条理へと私に視界が開けてきたがため。

取り分け、特攻隊員は人でありながら、
軍部は彼らを、一個の弾薬並みの、あるいはそれにも劣る消耗品と見なしていたのだ。
しかし、そういう過酷にして不毛な、あるいは汚泥にまみれた境遇下に置かれながらも、
己の心の方向性(思想)、色合いの感情の変化に妥協なく対峙し、
生死の相関・一如に思いを巡らせ、己を一個の“消耗品”と諦念しつつ、
尚且つその消耗に意義を添えようと努めた隊員たちも少なからず存在した。
その事実は、彼らの手記、日記、書簡などの遺品からも十分窺えることが出来ると思う。

そこで、私が、「特攻」を伝える種々のメディアへ、幾分か冷淡になったとしても、
それは多分、今あげた2つ
――己の未熟さや、組織としての「特攻」への幻滅という辺縁的理由
に拠るものであって、核心部分、つまり、
隊員たちの凝集された生の時間のなかでの求道心ともいうべき姿勢への
感嘆、憧憬、我もまたという感奮などの喚起力は、今日へまで一貫しており、
それと私のファシリテーター指向、別けても一抹の無私性とは、無縁ではない、
と、やはり言えそうに思う。

それにしても、今日、隊員たちの遺書や手記などにさえ積極的に接しようとしないのは、
彼らの生活や内省が顕著な非日常性に立脚しているため、
たとえ私が感奮させられたとしても、
その内へ、現実逃避や、それと腹背を成すところの自己否定が
否応なく忍び入ってきて迷惑を覚えるからであり、
一方に、隊員たちの生きざまはともかく、
若さと時間不足故の思想、理念、心象風景の未完成が、
現在の私に飽き足りなさを覚えさせるのでもあると思う。

このPに一応の区切りをつけるために、先走りして、以下のことを開示しておこう。

「インパクトを受ける出会い」のことを先述したが、
この「インパクト」なる語の含意とは、
――外にも人々が居合わせようと否と、私との間に会話が交わされようと否とに拘わらず、
その人と時間・空間を共有して、
あるいは、その人の謦咳(けいがい)に接していさえすれば、それだけで、
そうしてはならないと強大な力に厳命・威嚇されたかのように、
持てる力を発揮する恐れを始めとする自己否定から解放され、
自分相応の、個有の創造的行為へと伸びやかに発奮させられる。

具体的にそれらの人々を列挙するなら、
あるカソリックの外国人神父(但し、私はクリスチャンでない)、
美術を講ずる大学の一教官、
以前この「掲示板」へその人との交渉を書き込んだことのある、作家の井上光晴氏、
そして、村山先生もまた、そのお一人に他ならない。

                               (続く)

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