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心 の パ レ ッ ト

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〈無条件〉 引用
池見 隆雄 2019/5/22(水)14:54:25 No.20190522140935 削除
 5匹の猫たちのうち、
 2歳のチビと、1歳年少の弟の一方、イチとのからだ具合が悪くなった。
 チビは皮膚を患って、取り分け腰部の脱毛が甚だしい。
 イチは食物摂取が減退し、やがて何日もの拒食めいた容態へ移行。

 何事にまれ物臭な私も、動物病院へ伴っていくべく、
 重い腰を上げざるを得ないではないか。

 事前に電話で受信を申し出ると、半ノラ故に獣医師から、
 首に50センチほどの紐を付けた上で、洗濯ネットに封じ込めてくるようにとの指示。
 野生を現わして暴挙に及ぶ可能性を見越してのことと承知はしていても、
 “猫権侵害”と気が咎めてならない。

 そこをようやく指示を充たして、
 彼らをキャリーバックごと、妻の運転する車の座席へ――
 私の両膝の上にバッグを抱え持ち、
 衰弱しているとはいえ脱出を図ろうと声を立てる彼らへ、
 絶えず慰めや励ましの言葉を掛けながら。

 チビは投薬、イチは、それに加えるに注射。
 幸いイチは、医師が、
 「おやっ、(注射を)させてくれた」と目を丸くするくらい大人しかった。

 一週間後の今日、
 チビのむき出しの肌一面にはムラムラと気が伸び出してきたが、
 イチの食欲は一進一退。
 両者とも、なかなか服薬を肯(がえ)んじず、心配するやら苛立つやら。
 その内、イチと同年のジロまで嘔吐する始末。
 「もう、猫たち全部うっ放してしまいたくなった」と愚痴をこぼしても、
 私の愛(執)着のほどを知る家内に一笑に付されるのみ。

 そんなとき、昨年秋の3泊グループ途中、私の内面に吹き上がってきた、
 「生まれて来て良かったね」の文言が思い起こされた。
 猫たちへ対しては、さして抵抗なくそう伝えられそうだと。
 ということは、彼らの現前を私は、無条件に喜んでいるわけだ。
 表層意識より深まったところで。

 その文言は、思い掛けないときに、思い掛けない仕方で私の内面を見舞ったが、
 それを送り出した“主体者”を想定するならば、
 その者は喜び、あるいは慈しみ自体でなくてはならない。
 何故ならば、「生まれて来て良かったね」には、
 何らの条件も付帯せられてはいないのだから。

 喜び、慈しみ以外の心的領域、あるいは夾雑物にまみれた者が、
 真実無条件に、その文言を他者へもたらすのは不可能だ。

 猫たちへ対して、その文言をほぼ抵抗感なく思い浮かべられるとすれば、
 私にさえ、喜び・慈しみそのもの由来の種子が、蒔かれているのかもしれない。
 まして、他の人々へは。

「哲学カフェ」と「仏教3.0」 引用
U 2019/5/12(日)22:12:08 No.20190512213800 削除
隆雄先生、ご無沙汰しております。

福岡に住んでいたころはタイヒをはじめEGによく参加していましたが最近は
心理系のワークショップではなく、哲学カフェに定期的に参加しております。
いま都内でも複数の場所で開催されており、ちょっとしたブームかもしれません。
福岡ではどうでしょうか?

また休みが長く取れるときは仏教3.0のリトリート(接心)に参加しています。
仏教3.0とは日本の大乗仏教(仏教1.0)を小乗仏教(仏教2.0)の修行法(いわゆる「マインドフルネス」)を通じて
見直そうという新しい運動です。
その瞑想法の一つにはフォーカシングの技法も取り入れられている点は心理学との接点ですね。
始まってまだ数年しかたっていないので技法も流動的ですが興味を持って関わってゆこうと
考えています。
返信(1)を読む 最新返信日:2019/5/15(水)14:16:41

〈取り違え〉 引用
池見 隆雄 2019/4/19(金)14:25:27 No.20190419131151 削除
 (〈研修へ向けて〉未完了なまま、他の題材へ手を出した、
  これも必要な迂回と自らに言い聞かせつつ。

  hikaruさん
   そのときどきで試行錯誤も避けられないだろうが、
   それもまた、
   春の花々を愛でるかのごとくであるように!)


 先月半ばで、本居宣長の『古事記傳』を手に取り始めて、6年が経過。
 現在は、全44巻中の四十一之巻目、
 「朝倉宮上巻(アサクラノミヤノカミツミマキ)」。

 ここで著者は、『古事記』の雄略天皇を廻る記載へ対し、本文の校訂、
 及びいちいちの事柄、皇族を始めとする血脈関係への解釈・推定を行っているわけだが、
 私は、この天皇の大后(皇后)、若日下部王
 (ワカクサカベノキミ――尊称が、「王」の代わりに、「命(ミコト)」となっている箇所もあり)
 の素性理解に難儀し、
 それを契機に、この巻に先立つ『古事記傳』の幾巻かを読み直し、
 『日本書紀』の関係箇所を新たに開くことにもなった次第。

 先ずは、三十二之巻、「明宮上巻(アキラノミヤノカミツミマキ)」。
 明宮に拠った統治者とは、第15代の天皇、応神。
 『古事記』本文のこの巻の頭初には、
 大后始め妃(ミメ)たちと、多くの御子たちの名が連ねられている
  (こうした体裁を、『古事記』の編著者は、各天皇ごとにしばしば採用)。
 その妃の内に日向之泉長比賣(ヒムカノイズミノナガヒメ)があり、
 彼女の子の一人を幡日之若郎女(ハタビノワキイラツメ)という。

 宣長は、この御子は、実のところ、
 応神に続く天皇、仁徳が、妃との間に成した子なのだけれど、
 その妃の名が日向髪長媛(ヒムカノカミナガヒメ)といって
 彼(か)の応神の妃、日向之泉長比賣と相似しているものだから、
 『古事記』編纂の過程で生母が取り違えられて、
 応神の御子の内へ数え入れられたと推定している、

 『日本書紀』の応神帝の血脈記載にこの御子の名が含まれていないのもまた、
 『古事記』の側の誤りを裏付けるだろうと。

 続いて三十五之巻、「高津宮上巻」(仁徳天皇の段)を改めて開くと、
 提示されている『古事記』本文中に、
 仁徳天皇が妃、(日向之)髪長比賣(カミナガヒメ)との間に設けた御子の一人が、
 波多毘能若郎女(ハタビノワキイラツメ)、その亦の名を長日比賣命(ナガヒヒメノミコト)、
 亦亦の名を若日下部命(ワカクサカベノミコト)というと明示されている。

 この人物が、宣長の説に従えば、
 応神天皇の御子に取り違えられたわけだ。

 (「ハタビノワキイラツメ」なる人名に対応する漢字表記が、
  この巻と先の三十二之巻とで異なっているのは恐らく、
  『古事記』の時代に至ってもまだ、外来文字、漢字の表記法が模索段階だったのを物語るだろう
  ――そういう意味の指摘を、宣長は『古事記傳』のそちこちに、さし挟んでいる)。

 この巻の明示によって、「朝倉宮上巻」に登場する、雄略天皇の大后、若日下部王とは、
 ハタビノワキイラツメに他ならないとも知られる。

 それにしても、若日下部王を巻き込んでの取り違えは以上に止まらず、
 それらを解明しようとの宣長の熱はいや増す。
                      (たぶん続く)

こころのひだを 引用
hikaru 2019/4/13(土)15:18:37 No.20190413151722 削除
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No.1
  あらわすように

幾重もの花弁をひらく

ラナンキュラス
返信(1)を読む 最新返信日:2019/4/15(月)14:31:03

ひらひら… 引用
hikaru 2019/4/12(金)14:33:59 No.20190412141057 削除
今年は、桜が長持ちですね、、
まだ、つぼみがある木もあります。

自転車で走っていて、ふと通りかかった神社の桜に目がとまり、、
青空バックに、桜吹雪を浴びて、気持ちよかったです。

この春は、わたしにとって新しいスタートです。
友人には、自然体で取り組めるといいね、と励ましてもらいました。


昔、仕事で無理をして、長いこと健康から遠ざかって
その当時のことが、時折あたまに浮かんできたりします。
当時は、自分で進もうとすると、頭を押さえつけられるみたいなことが
繰り返されました、、
まったく自分を出せなかった、、

これからは、自分らしく 自分を表出しながら 相手を大事にしながら
進んでいきたい そんな思いでいます。

〈新年度――hikaruさんへ〉 引用
池見 隆雄 2019/4/3(水)13:40:26 No.20190403131926 削除
 微かな温かみを放つ灯油ストーヴに、身体をすり寄せながら、
 チビが丸くなって寝入っている。
 彼はこの場所が好きだ。

 彼を含めて5匹の猫たち、
 私は毎日、出かけない限りは、仕事の傍ら、
 彼らのファシリテーター役を担っている。
 ――このところ、しばしば外部から、飢えたこれまたまっ黒のが侵入してくるので、
 従来以上にファシリテーションの手腕が試されるという具合い。

 hikaruさん、今年も早や新年度だね。
 写真は、hikaruさんの庭のチューリップたち(?)

 先月の23,24日に、協会で、都能さんと共に2日研修を開いたんだが、
 参加者の一人が、
 チューリップとスイトピー他の可憐な一握りの花たちを持参してくれてね。
 それらがまだ、私の目先の秀明なガラスの花瓶に、
 息づいているよ。


 〈研修へ向けて R〉に記した、「生まれてきて良かったね」が、
 どこから届けられたメッセージか、また何を意味するのか、
 日々思い廻しているけれども、いまだ、これという解答を得られない。
 いわば、私にとっての、禅の公案みたいなものかな?

 桜はほぼ満開というのに、
 この数日は寒の戻りというか、ストーヴの要を感ずる次第。

 チビが、気持ち良さそうに、鼾をかいている。
 ――そうでなくてもチビ、生まれてきて良かったね。
 ――チビ、生まれてきてくれて、ありがとう。

 hikaruさん、書き込みを、ありがとう。
返信(1)を読む 最新返信日:2019/4/3(水)22:04:55

家の庭にも 引用
hikaru 2019/4/1(月)13:16:40 No.20190401131242 削除
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No.1
  春の花が咲き始めました、、

今日から新年度。
気持ちを新たに、歩みを進めます。

〈研修へ向けて R〉 引用
池見 隆雄 2019/2/20(水)15:25:01 No.20190220150935 削除
(hikaruさん

 こちらでも、昨日午後から、不意に春めいて。
 それでも、猫のチビは、灯油ストーブの真ん前に陣取っているよ。

 季節感を添えた、見るからに美味しそうなドーナツを、
 コーヒーとともに味わったんだね。

 やがて外界にも、hikatuさんの内界にも、
 桜が綻び出すのだろう。)



さて、内面の感触からの言葉の生成という事態について、
長年、奇異の感を覚えずにいられなかったのは、
日常、あるいはグループ内においても、
私が私自身の問題のために困惑や苦境に陥っていたとして、
そこからの浮上の手掛かりすら、決してそのようには得られないということ。

幾らジタバタを放擲(ほうてき)し、内側へ意識を指向させようと、
そこに大雑把な感触、また微細な運動の兆しは無きにしもあらずながら、
それらは言葉への結晶を促すほどの求心性、潜在力を帯びてはいない。

先の生成という事態は、
主にグループ中、他者とのコミュニケーションに絡んで、
私から他者への方向のみ。
尤もそのとき、私自身もまた、形容し難い内面の温もりや、
己が存在の意味へと開かれた観を呈する、超常的な落ち着きに見舞われるのであるが。

ところが、昨秋の3泊グループ期間中、
一まとまりの言葉が、紛れもなく私自身へ向かって、滾(たぎ)り立ってくるという、
曾てない体験に遭遇することになった。

そのグループ後、まだ精々4ヶ月。
個々の参加者のプライヴェートな領域に踏み込みがちでもあるグループの性格上
その不文律に照らすなら、
具体的場面へ言及するのは時期尚早のためらいを無しとしないが、
私自らの身に起こったことであるから、
ここへ持ち出すのも、参加者の方々に、大目に見て貰えるかと思う――

その発端となったのは特定のある方との対話であり、
別してその方のご寛恕を請う次第であるが、
有体(ありてい)に言はば、仮令(たとえ)その方が多少の抵抗を覚えられようと、
このことを私は、今ここで、表出せずにはおれない気持ちだ。


この一年ほどの間のグループの都度というのでないが、
そのときどきの参加者の誰彼へ、
「生まれてきて良かったですね」の一言を掛けるということが、私には、重なっていた。
それも無論、内面の感覚に拠り所を持つには違いないのだが、
伝達への切迫感は稀薄で、いうならば、そのとき、
それ以外のどんな働き掛けも、当の相手へ対して思い浮かばないが故という、
消極的な意味合いを帯びている。

それを更に敷衍(ふえん)すれば、
その言葉以上の働き掛けに至れないと私自身は納得しつつ、
仮令伝えたところで、相手方の腑に落ちる筈もないとの見通し――諦念も、
合わせ抱いているということか?

大体、その一言の語句内容にしてからが、
その方が提示されている、具体的で且つ難解極まりない課題へ対して、
視点転換を仄めかすという意味で、あまりに漠然との心証を与えかねまい。

昨秋のグループ3日目の午後のセッション(2時〜5時)の最中にも、
私は、同様の発言に及んだのだ。
果たして相手方から、怪訝というより、不本意とも受け取れる口吻の、
「それ、何? 」との問い返し。

その人の心のどこかへ、微かにでも滲みてくれればとの願いも皆無でなかったので、
些かの落胆と、「それも当然」との心持とが交錯する。

とそのとき、思わず識らず、己の喉奥から、
「ひとにはそう言えても、私自身へは言えないんですよね」
との述懐が滑り出た。 間髪を入れず、
「え? どうしてですか? 」
と再び、今度は前のめりに問い返される。
私のその言が、なにがしかの真実味の衣を纏(まと)っていたのか?
そう問われた以上、半ば義務的にでも、内省せざるを得ない。

従って、分析的にあれこれと知性のみ働かせており、
「意識できる範囲の私の心の領域に、抜き差しならぬ自己否定が蟠(わだかま)っていて、
 それが、他の、あるいはより深い領域からの、そういった肯定的な思いの湧き上がりを、
 重しのように抑え込んでいるのかな・・・」
などと取り敢えず言葉を並べたが、
それらが私から遠くに響く塩梅(あんばい)で嫌気が差す。

そして、その私の感受を、問うた人へ隠さず表明して、
なんとか受動的な内省の拘束から免れようと図るや、
肺底あたりへ思い掛けなく、
上昇気配――言語化を私に迫って止まない、深甚(しんじん)なエネルギーを蔵した、運動の身体感覚が
孕まれるではないか。

それが触知されて数瞬後、
「今なら言えそうです」と、上昇気配を懸命に制しつつ相手方へ。
次いでグループの他の皆へ向かって、
「私自身へ、『生まれてきて良かったね』と言ってもよいですか? 」と。

問いの形式を取ってはいるものの、実のところ宣言に他ならない。
誰も承諾の素振りを見せたわけでもなく、といって、迷惑の気配が醸されたわけでもない。
内的運動は私の口を衝(つ)いて迸(ほとばし)り出、
辛うじて、それに切れぎれに、
「生まれてきて良かったね」の一音一音が貼り付く有様。

その直後の私の自覚の程をイメージ化すれば、
長い年月、私の内面の暗黒のスペースに幽閉されていた、牛相当の矮小ではない生き物が、
一隅にようやっと微かな光の隙間の生じたのを幸い、
あらん限りの情熱でそれ目掛けて跳ね出して行った。

他者へ向かって、身体感覚(身体内運動)に即した“私の”言葉・思いを伝えられた場合とは、
まるで様相を異にしている
(ここに改めて、“私の”とクォーテーションマークを付して表記したのは、
 そういう度毎に、いわゆる自我としての「私」由来の言葉とは異質・異次元と印象付けられてきたからで。
 と共に、そちらの“私”こそが本来の、あるいは、
 自我の枠組みに搦(から)め取られた「私」が、そこから切り離される以前の“私”と、
 自ずと信認させられもするのだ)。

もしかすると、その牛大の生き物とは、長年の私の自己否定の凝り固まりかもしれず、
それが占有していたスペースに、新たに、
「生まれてきて良かったね」の種が蒔かれたとでも言おうか。

ともかくそれ以降、私は、その種を見守っているのだが、
4ヶ月を経た今日に至っても、微細な変化も認められていない。
その種は秋に蒔かれ、この冬を耐えて、やがて訪れる春に当たって芽を吹き――
その種自体は死んで、多くの実を結び得るのだろうか?

仮にそうだとして、その稔りは、「自己肯定」程度のちっぽけな自己本位でなく、
昨秋のグループ以前の1年ほどの間、
グループ参加者、中でも常識的には打開困難な情況下の誰彼へ、
ふと、「生まれてきて良かったですね」と伝えてきたのが、
前触れかもしれない豊かな稔り・・・「人間肯定」・「存在肯定」。


いや、いや、観念の大風呂敷を広げるのは良い加減止めにして、
私の肺底から立ち昇ってきた種なる言葉の佇(たたず)まいへ、
焦らず思いを潜めてみよう。
                     (続く)

春めく 引用
hikaru 2019/2/20(水)11:10:36 No.20190220110011 削除
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No.1
  こんにちは。
2月に入ってから、軽い風邪を引き、低調な日々を過ごしておりました、、

足首骨折の治療は、抜糸をもってすべて終了しました。

今日は、好きなコーヒー屋さんに行けて、SAKURAFULドーナッツなるものを
いただいてきました。

今朝は、もやがかかって、なんだか春めいた天気ですな、、

記念品 引用
hikaru 2019/1/29(火)15:35:00 No.20190129150546 削除
一泊で、手術入院して、足首の骨を固定していた、金属プレートを
抜く手術を受けました。
今回は、腰椎麻酔で、意識ある状態で受けたので、始めは少し緊張
しました。
お腹から下の体の感覚がなくなり、体を動かせず、、
短時間でしたが、医師看護師たちの会話に耳を傾けながら、
自分の体に意識を向けながら、それほど多くは経験しないことなので、
まあおもしろくもありました。

手術が終わり、病室に帰るとき、これもって帰る?と、入っていた
金属プレートとネジを渡してもらいました。
足首を骨折して、骨がくっつくまで、わたしの骨を1年3ヶ月支えて
くれた部品だから、もらってきました。

麻酔が覚めるまで、また、管をつながれて、体を動かせず、なんとも
不自由で、気持ちもよくありませんでした。
今朝、一日ぶりに、ごはんを食べれて、自分で動けるようになると、
心持ちも変わってきました。

退院し、家に帰り、切った傷の痛みはあるけれど、歩き慣れてきました。
やがて、傷もすぐに回復するだろう、、体にはその力があるから、、
気持ちも、すこしずつ、前向きになるだろう。
返信(3)を読む 最新返信日:2019/2/1(金)14:30:54

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