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心 の パ レ ッ ト

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〈 実 在 〉 引用
池見 隆雄 2019/9/13(金)14:31:54 No.20190913141335 削除
 よほど熱中症にでもなりそうな気配を自らに察知しない限り、
 エアコンに頼らないことにしている。
 室温、湿度ともに軽減されるのはありがたいが、
 窓を閉ざしてしまわなければならないとは、
 どうにも鬱陶しい。

 まして嵌まっているのが飾りガラスだから、
 屋外の光景――前の公園の樹木や、
 空の彼方から遮断されてしまう。

 今日は午後から曇ってきて、樹々の緑もくすんで見える。
 雨を連れてきそうな風も出て来て、大小の枝ごとそれらが揺らめく。
 ――海中の種々の藻を連想させられなくもない。
 大気、海水の動きとともに、それらは揺らめく。

 視覚を通して揺らめく己の心にも触れていたい。

 彼らと私との間に差別や区別はないのだろう。
 にも拘らず、そのとき私は、確かな「私」を感ずる、
 まるで、唯一の実在の顕われ方が、
 彼我で異なっているだけであるかのように。

 

〈メッセージ〉 引用
池見 隆雄 2019/9/11(水)14:27:13 No.20190911140932 削除
 二女の誘いがきっかけで、
 数年前から低山に登る――山中を歩くようになり、
 近頃では、休みとなると、
 「山へ」が最初に思い浮かぶ。

 私の住まいは福岡県春日市だが、
 それに隣接する大野城市の牛頸(うしくび)あたりへ出かけることが多い。
 自宅から車で半時間足らず。
 ダムがあり、それを囲繞するが如くに、
 大佐野山、黒金(くろがね)山、牛頸山など。

 今月8日の日曜日には、黒金山の頂上へ初めて到る、
 登山口から、途中弁当を開いて、2時間ほどを要したか?
 その日、外気温は35度近くまで上がり、
 当然ながら汗みずくとなる。

 それにしても、
 尾根道の風の、なんと涼しく、心に沁みたこと。
 またその景観が浮世離れして、
 あたかも天国へ到る道であるかのよう。

 例えばエアコンと、その風の異次元を、なんと表現したものか。

 後者は、
 「生まれてきて良かったね」、という天国からのメッセージ。

〈「共に行けるまで」への付録〉 引用
池見 隆雄 2019/8/30(金)13:38:15 No.20190830132712 削除
 事務局のドアの直ぐ向こうに、猫の気配がする。
 ジロと思われる低い鳴き声も伝わってきた。
 ちょうど仕事が一段落していたので、
 坐り机の前から立ち上がりドアを細目に開く。

 黒いからだの一部が覗かれる。
 ジロはそのような場合、ドアの下または横から、
 右前脚を差し入れ引き開けがちなので、
 声と動作で彼の侵入を牽制しつつ廊下へ出た私は、
 そのまま胡坐(あぐら)で坐り込む。

 ジロへ対していれば、
 兄弟のイチも、負けじと駆けつける。

 両手でそれぞれの頭から背を、我ながら飽きもせず撫でているうち、
 ジロは胡坐の中へ入り込んできて、
 双方の前脚を私の一方の太腿の上に揃える。

 イチもその太腿に、四つの脚の肉球を押し当てて、
 横ざまに寝転ぶ――彼は、横腹に触れて貰うのを好む。

 そうして更に何百回、私は、その動作を連鎖させたろうか、
 合い間に時々、「イチ」、「ジロ」と交互に名を呼び上げながら。

 2匹ともに、脚先や口での、私の手へのじゃれつきが増してくる
 ――行動への欲求が兆しているとみるや、
 「そろそろいいかな」とまず、粗略にならぬようジロを床へ移す。
 イチは、自主的に起き上がり、腰を高く上げて伸びをする。

 と思うと、彼らは、
 それまでの甘えや弛緩から一転して、とっとと右手の台所
 (その先を直角に折れれば、庭へ開け放されているガラス戸口)へ。

 例えば、他所者の猫たちとの格闘や、
 この季節なら蟬やトンボ狩りに備えて、
 「さて、よし」と、活力を満杯にされたとでもいうか。

 といって、それらの行為は、ほとんどジロが、一手に引き受けている。
 イチは一途に甘えん坊(チビも野性味に淡く、
 私との物心両面の距離を、その都度、猫ながら冷静に測っていた)。

 私の方は、養育者の義務(?)的些事を果たし、
 その代償でもあるまいが、
 仕事で尖っていた神経が宥和されているのを幸いに思う。

 私は夕方、
 ふやかしたキャットフードに鶏の笹身若干をトッピングしたのをそれぞれに振舞って、
 庭へ締め出せば、
 その一日の猫・私相互の営みに、句点が打たれるわけだ。

 くどくなるので、その種々の理由をここに列挙しないが、
 夜間は、雨天はもとより厳寒の日でも、
 また休日、出張などで私の不在の折は終日、
 協会の猫たちは、戸外で過ごすべく余儀なくされる。

 私は非情の心で、
 不興気な彼らを一匹ずつ抱き上げては戸口へ・・・。

 可能な、そして許される枠内でしかないが、
 彼らと共に行けるところまで。

〈共に行けるまで A〉 引用
池見 隆雄 2019/8/21(水)14:40:26 No.20190821140254 削除
 蝉の脱皮に立ち会えたのは只の一度。
 幼虫の背が割れて、極めて緩慢に、
 成虫への移行は運ばれる。

 宝石の比でない澄みきった両眼の輝き、
 しぼんでいた翅が羽搏くに足る張力を帯び始める頼もしさ・・・
 そのときの感銘の残り――さざ波が、
 今日も、私の内在の岸辺へ、漂い寄るかに想われる。

 私は思わず、ジロとイチへ、
 「これは(弄んでは)いけないよ」と念を押していた。
 そして、幼虫を指の間に挿んだまま、戸外へ。

 〈土の下〉に登場させた銀木犀に通じて、
 他でこれに優る同種の大樹を目にしたことはなく、
 木犀も見下す泰山木の根方へ向かう。

 私は精一杯、高みへ腕を伸ばし、
 ザラつく木肌に幼虫の肢を触れさす。
 彼は直ぐさま、ゆったりとした歩度で、
 更なる高みへと登り始める。

 その歩みは覚束なげに見て取れなくもないが、
 身に負うた彼自身の生のプロセスを、完遂せんとの本能に裏打ちされた、
 確かさをも秘めているようだ。

 私は、彼の脱皮の全(まった)からんことを願い、
 また、その余命が精々2週間ほどであると想起されつつ、
 帰路に就く。

 チビは、持病のため、2年と2ヶ月余でこの世を後にしたが、
 残る4匹の猫たちには、どれほどの寿命が与えられているのだろう、
 イチとジロとはチビより1歳年下だから、
 不慮の病や事故に阻まれなければ、あと10年前後が残されているだろうか?

 10年後の自分自身を思い描いてみて、
 猫たちの世話が可能な健康状態を保てているか、
 保障の限りではない。

 (イチ、ジロにはもう1匹、山口へ貰われて行った女の子の同胞があるが、
  彼女は幸いにも、手厚く家内のみで飼われているから、
  恙無(つつがな)く寿命に達することだろう。)

 猫たちとの間柄のみに絞ってみても、
 その日、その日を共に行けるまで―――
 出来得れば、
 朝ごとに、脱皮したての蝉の眼をして目覚めつつ。
                  (終わり)
 

〈共に行けるまで〉 引用
池見 隆雄 2019/8/16(金)14:29:13 No.20190816140046 削除
 チビがこの世からいなくなって3,4日後だったろうか?
 夕方、庭を見通せる協会の応接間
 ――とは現在は名ばかりで、実際は、ネコ部屋という方が適切――
 で私は、帰り支度をしていた。

 日中は大抵開け放っているガラス戸口から、
 チビの弟の一方、ジロが、誇らしげに頭を擡げて入ってくる
 (もう一方のイチは、既に私の傍らに、横ざまに寝転んでいたが)。

 こういう態度のときは何か獲物を得たのであり、
 果たして口中から、ヒゲもどきのものがはみ出ている。
 彼が私の前へ来かかって、ぽんと床へ放り出したのを見れば、
 それは、昆虫の肢に他ならなかった。

 全部の肢を天井へ向けて、不器用にモゾモゾ動かしている様子から、
 はじめ黄金虫の類かと想えたが、
 それにしては、丈が長過ぎるし、身体の輪郭線にも破綻が窺える。

 猫たちにとって小動物ほど、
 狩猟者の性(さが)と、遊び心(?)双方を掻き立てられる対象は、
 他にはあるまい。
 ところがジロは、無傷のまま運んできたに止まらず、
 離れた場所で毛繕いに余念がない。
 イチもまた、いわゆる猫パンチさえ見舞おうとしない。

 ジロの態度を譬えてみるなら、
 珍奇、もしかすると貴重な品を入手したので、
 自分たちへの日頃の私の世話へ対する返礼に、手付かずで進呈しよう、
 とまぁそんな具合い。

 手に取り上げれば、
 思いがけなさでは珍奇、しかし、その心の反応の質へは、
 貴重という形容の方が似つかわしく思われた。
 何十年ぶり実物に接する、羽化する前の蟬。

 翌日の明け方前後にそれを実行するべく、地中から這い出たところを、
 目ざといジロに見咎められたのだろう。
                       (続く)

〈土の下〉 引用
池見 隆雄 2019/7/31(水)14:16:48 No.20190731133757 削除
 チビの遺骸を埋めたのは、
 協会の庭の、隣家と境する塀の直ぐ内側にそそり立つ、
 銀木犀からほど遠からぬ場所。
 私は今日まで、これに優る木犀の大木を、
 他で目にした覚えがない。

 表層の土を多少とも取り除けば、
 大小の根に行く手を阻まれるのは言うまでもない。
 しかも、こちらの道具は、かよわい移植ごてのみ。

 途方に暮れかけ、腰を上げて、他を物色してみもするが、
 種と数の双方で、中央部を例外としてこの庭では、
 樹々相互が肌を寄せ合うほどだ。
 難儀に違いなければ、最初の着想にこそ従おうと思い直す。

 しかし、想定していた深さまでは到底不可能と、判断せざるを得なくなった。
 中ほどの太さの根で、穴の平面のほぼ真中上方に、
 あたかも橋のように渡っているのを潜らせて、
 白色の薄布で覆ったチビの遺骸を横たえる。

 両耳と、その間の頭部のみが布の一端から覗いているのだが、
 生命現象とは無縁のそれらと百も承知で、
 撫でている私の手先。

 穴を掘る過程で、
 透明感のある白色の、5センチに満たない何かの幼虫に、陽の目を見させてしまった。
 彼はさも迷惑そうに、仰向いた身体を屈伸させて止まない。
 幼虫を、彼の恙(つつが)ない成長を願って、
 忘れずチビの傍らに添え埋め戻しに掛かる。

 大粒の激しい雨が、不意に地表を叩き出したのは、
 あらかたそれが完了した矢先。
 頭上の木犀の密な葉叢が、その半ばを撥ね返す。
 強暴な夏の日差しも、和らげられるはず。
 これらが実は、私がその地を選択した理由の一つ。

 もう一つは、
 中秋を過ぎ掛けると、銀木犀の細やかな花弁の夥しい落下が、
 そのあたり一帯をびっしりと銀黄色に荘厳する。
 ――その様を、私は曾ての書き込みに、
 「黄金色の絨毯、秋の王様の戴冠式」 と表わしてみた。

 高々、猫一匹と言う勿れ!
 移植ごての作業に取り掛かって間もなく、
 少年時の私に馴染み深い(多分、映画を通じて)、古い軍歌の一節が脳裏に蘇ってき、
 少なくも数日、断続的に意識の一角を占めていたのだから。
 「・・・友の塚穴掘ろうとは――」 と。

〈 自 然 〉 引用
池見 隆雄 2019/7/26(金)13:27:44 No.20190726130950 削除
チビが逝く3日前に、以下のような投稿を想定していた。
今日、見直してみてもあまり違和感を覚えない。

 チビの回復はシンプルには運ばず、
 その後も2度、点滴を受けに連れて行く。
 薬を日に2度服用させる筈になっているが、
 相手が人でないので思うに任せない。
 
 今朝、病院へ出かける前は、
 空腹を訴えて来て、笹身などを結構食べたが、
 戻って来てからは、
 ちょっと皿に鼻を突っ込んだだけで、あとは寝てばかり。

 だいぶ回復の見込みが出てきたと、医師から希望をプレゼントされたけれど、
 目の前のチビの有様を見ていると、心持が晴々しない。

 そういえば、前日の午後、
 「明日の点滴が明らかな功を奏さなかったなら、もう自然に任せよう」
 と思い付いたのだった。
 とともに、自分の呼吸が、楽になるのが分かった。
 妻へもその旨、ラインで伝えると、「私もそれがいいと思う」と返ってきた。

 私にチビを回復させる力は毛頭ない、医療も万能でない、
 チビはじめ5匹の猫たちへの気遣いで、この1週間以上、私の仕事も滞りがち。
 逃げ口上かもしれないが、
 私自身の身の振り方も含めて、あとは、自然に任すしかないのだろう。

 但し、ここで私が、「自然」という語に込めているのは、
 無限に多彩な因果関係というか縁というか、
 通常の意識の与り知らない生命と内外の事象の秩序。

〈うごめき〉 引用
池見 隆雄 2019/7/24(水)13:51:55 No.20190724134251 削除
 一昨日の投稿は、そのときの偽らざる心境だけれど、
 時の経過――実をいうと、その投稿直後から、
 チビを廻って何か書きたいという蠢きが、心身両面に頭をもたげてきた。

 身体面なそれを一つ挙げるならば、眼圧の上昇。

 緑内障の私の場合、
 その症状が、しばしば私の内的な力動を反映する。
 「緑内障」自体、例えば漢方などでは、
 心身症と見なされてもいるようだ。

〈回復――追記〉 引用
池見 隆雄 2019/7/22(月)14:57:38 No.20190722145353 削除
 その後いろいろあって、
 残念ながらチビは、
 昨夜の内に息を引き取りました。

 彼について書きたいことは沢山あるようですが、
 それらは皆んな、
 私の胸に蔵っておこうと思います。


 「大切なものは目に見えない」

 大切なものは、言葉にもならない。


 チビの安否を心懸けて下さった方たちへ、
 お礼申し上げます。

〈 回 復 〉 引用
池見 隆雄 2019/7/15(月)13:12:07 No.20190715124028 削除
 チビ(オス2歳。3匹の黒猫兄弟の長兄)が10日間行方をくらまし、
 次の日の夕方、やっと戻ってきた。

 私はほとんど再会を期していなかったが、
 読書を一区切りした目を、何気なく協会事務局の入り口に向けると、
 網戸の直ぐ向こう、踏み台の上にネコがうずくまっている。
 チビの普通なら、後脚で立ち上がって網をバリバリと引っ掻くのだが・・・。

 近寄ってみれば、まるで盲いたように両眼は固く閉じられており、
 口元も妙な具合に形が崩れている。
 目ヤニ、ヨダレ。

 戸を引いてやると、辛うじて中へ歩を運ぶ。
 背に当てた手が直かに骨にさわるかのようにやせている。

 翌々日、妻の協力を得て動物病院へ。
 例によって、まず大き目の洗濯ネットに封じ込め、
 キャリーバッグごと私の膝の上に乗せて。
 そのときちょうど、車外に雨滴が落ち始めた。

 ネコは衰弱しているからといって、診察台に乗せられれば
 恐怖からパニックになる結果、室内を逃げまどい、荒れ狂うことがあると、
 以前にその老医師から釘を刺されていたが、
 チビは、点滴の針を刺されるにも任せていた。

 その夜は初めて、事務局内で過ごさせた、
 食物と水を置き、また排泄用のシートを部屋の一隅に敷いて。
 (私の帰宅時には、天候に拘わらず、“庭猫”の彼を、必ず外に出すのを習慣としてきた。)

 翌朝、チビの具合、また排泄の具合に不安を覚えつつ、廊下側のドアを開ける。
 前夕は、事務机の椅子のクッションに半ば死んだように丸まっていた彼が、
 すぐ前に立っていて、か細い声で鳴く。
 食物を摂ろうとする欲求を覚えるくらいに回復しているのだ。

 彼は徐々に快方へ向かいつつある。
 それを目の当たりにさせて貰えるのは嬉しいことだ。
 一旦は死の淵に臨んだほどだったのだから尚更である。

 他の4匹の猫たちも何かと手が掛かるが、
 それぞれの個性的な形で、私の生活力に寄与してくれている。
 チビの回復を機に、
 跡絶えがちな私の文章にも、手をつけようかな。

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