みんなの広場「こころのパレット」

||| ホームページ | タイトル一覧 |||

〈暴挙とチャレンジ〉 引用
池見 隆雄 2018/7/6(金)13:07:20 No.20180706121006 削除
 3日前、福岡は、台風の直撃こそ免れたけれど、
 午後から深夜へ掛け、相当の煽りを蒙った。

 私の帰宅時には真正の暴風雨へ半歩というほどの気象状況。
 待機すれば、多少とも弱まるのか、逆に募るのか、
 マスコミの報道も、局によってまちまちの感。
 日は暮れてくるし、
 「(バイクで)行ける所まで行ってみよう」と決断する。

 大通りに出るまではまだしも、
 それ以降は、右方(南側)からの断続的な風勢のため、
 度々バランスを崩されそうになる。

 転倒、あるいはそれのみならず、
 隣の車線なり後続の車に撥ねられるといったイメージが、
 脳裏に明滅し手足がすくむ。
 といって、片側3車線の道路上に停止し、
 手押しで後戻りしようとでもすれば、それも危険極まりない。

 新幹線の高架下の2車線へようやっと右折すると、
 風雨は、待ってましたとばかり真っ向から押し寄せる。
 できるだけ身体を丸め、重心を低く保って、ハンドルを握りしめ、
 アクセルを常より吹かし気味にする。

 そういえば気が付くと、
 私の他に、走行しているバイクは見当たらない。
 私が断念した積雪の日には、意外な多さで見かけられたというのに。
 心細さは更に募る。

 一方で、前方の車を風除けに利用させてもらうなどの対策にも恵まれるもので、
 片道6キロ、時間にして20分余の道程の半ばほどに差し掛かる
 ――勿論、そのときは、普段より低速ゆえに、1,5倍ほどの時間を要したわけだが。

 事故処理の警察のワゴン車が停止している四つ角に差し掛かったとき、
 それに従事している警官の一人が、一瞬、私を阻止――警告しようとするかの素振りを見せたが、
 それを尻目に行き過ぎると、
 自宅まで坂道を登って左折、そして右折、また左折の約300〜400メートル。

 坂上からひときわ強力に吹き下ろしてきて、
 それと傾斜のために前進は困難の度を加えたが、
 そこまで抗ってきた私は、恐怖も忘れて、
 「絶対に行き着いてやる」と意地の塊に化していた。

 マンションのポーチ内の所定位置にバイクを駐輪させたとき、
 消耗どころか、ほぼ達成感ばかりが自覚されていた
 ――古めかしい譬えだが、
   至難な敵地への攻撃から生還した戦闘機の搭乗員さながら。

 5階の自宅玄関へ踏み込んでも、
 そこからの廊下と居間との境をなすドアが、エアコンの冷気を逃がさない用心に閉じられているためか、
 家人の反応がない。
 「オーイ」と声を立てても同様なので、
 濡れネズミのまま上がり込んで、ドアの取っ手を引き掛ける。
 その気配で、「あっ」と不意を突かれて妻が顔を出し、
 「よかった〜、心配で何も手につかなかったのよ」と安堵の微笑に顔を輝かす。
 文鳥のサジも、傍らへ飛来。
 それら歓待に釣り込まれて、私は、止せばいいのに、道中の難儀を一くさり述べ立てる。

 夕食を済ませたところへ、
 ある遠方の、“グループ”を愛してやまない年長の友人から、
 台風見舞いのメールをいただく。
 「直撃ではないので、風雨は相当強いですが大丈夫です。
  とはいえ、バイクで、死に物狂いで帰宅しました」と返信。
 “死に物狂い”という表現が、すらりと出て来てしまった。

 年齢からしても、これが最後の死に物狂い――暴挙となるかと、感慨深い。
 しかし一方で、近頃眠り込みがちだったチャレンジ精神が、
 幾らか甦ってきたようでもある。 
 

パスワード  (ヘルプ)


    << 戻る