みんなの広場「こころのパレット」

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〈土の下〉 引用
池見 隆雄 2019/7/31(水)14:16:48 No.20190731133757 削除
 チビの遺骸を埋めたのは、
 協会の庭の、隣家と境する塀の直ぐ内側にそそり立つ、
 銀木犀からほど遠からぬ場所。
 私は今日まで、これに優る木犀の大木を、
 他で目にした覚えがない。

 表層の土を多少とも取り除けば、
 大小の根に行く手を阻まれるのは言うまでもない。
 しかも、こちらの道具は、かよわい移植ごてのみ。

 途方に暮れかけ、腰を上げて、他を物色してみもするが、
 種と数の双方で、中央部を例外としてこの庭では、
 樹々相互が肌を寄せ合うほどだ。
 難儀に違いなければ、最初の着想にこそ従おうと思い直す。

 しかし、想定していた深さまでは到底不可能と、判断せざるを得なくなった。
 中ほどの太さの根で、穴の平面のほぼ真中上方に、
 あたかも橋のように渡っているのを潜らせて、
 白色の薄布で覆ったチビの遺骸を横たえる。

 両耳と、その間の頭部のみが布の一端から覗いているのだが、
 生命現象とは無縁のそれらと百も承知で、
 撫でている私の手先。

 穴を掘る過程で、
 透明感のある白色の、5センチに満たない何かの幼虫に、陽の目を見させてしまった。
 彼はさも迷惑そうに、仰向いた身体を屈伸させて止まない。
 幼虫を、彼の恙(つつが)ない成長を願って、
 忘れずチビの傍らに添え埋め戻しに掛かる。

 大粒の激しい雨が、不意に地表を叩き出したのは、
 あらかたそれが完了した矢先。
 頭上の木犀の密な葉叢が、その半ばを撥ね返す。
 強暴な夏の日差しも、和らげられるはず。
 これらが実は、私がその地を選択した理由の一つ。

 もう一つは、
 中秋を過ぎ掛けると、銀木犀の細やかな花弁の夥しい落下が、
 そのあたり一帯をびっしりと銀黄色に荘厳する。
 ――その様を、私は曾ての書き込みに、
 「黄金色の絨毯、秋の王様の戴冠式」 と表わしてみた。

 高々、猫一匹と言う勿れ!
 移植ごての作業に取り掛かって間もなく、
 少年時の私に馴染み深い(多分、映画を通じて)、古い軍歌の一節が脳裏に蘇ってき、
 少なくも数日、断続的に意識の一角を占めていたのだから。
 「・・・友の塚穴掘ろうとは――」 と。

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