チビがこの世からいなくなって3,4日後だったろうか?
夕方、庭を見通せる協会の応接間
――とは現在は名ばかりで、実際は、ネコ部屋という方が適切――
で私は、帰り支度をしていた。
日中は大抵開け放っているガラス戸口から、
チビの弟の一方、ジロが、誇らしげに頭を擡げて入ってくる
(もう一方のイチは、既に私の傍らに、横ざまに寝転んでいたが)。
こういう態度のときは何か獲物を得たのであり、
果たして口中から、ヒゲもどきのものがはみ出ている。
彼が私の前へ来かかって、ぽんと床へ放り出したのを見れば、
それは、昆虫の肢に他ならなかった。
全部の肢を天井へ向けて、不器用にモゾモゾ動かしている様子から、
はじめ黄金虫の類かと想えたが、
それにしては、丈が長過ぎるし、身体の輪郭線にも破綻が窺える。
猫たちにとって小動物ほど、
狩猟者の性(さが)と、遊び心(?)双方を掻き立てられる対象は、
他にはあるまい。
ところがジロは、無傷のまま運んできたに止まらず、
離れた場所で毛繕いに余念がない。
イチもまた、いわゆる猫パンチさえ見舞おうとしない。
ジロの態度を譬えてみるなら、
珍奇、もしかすると貴重な品を入手したので、
自分たちへの日頃の私の世話へ対する返礼に、手付かずで進呈しよう、
とまぁそんな具合い。
手に取り上げれば、
思いがけなさでは珍奇、しかし、その心の反応の質へは、
貴重という形容の方が似つかわしく思われた。
何十年ぶり実物に接する、羽化する前の蟬。
翌日の明け方前後にそれを実行するべく、地中から這い出たところを、
目ざといジロに見咎められたのだろう。
(続く)
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