みんなの広場「こころのパレット」

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〈「共に行けるまで」への付録〉 引用
池見 隆雄 2019/8/30(金)13:38:15 No.20190830132712 削除
 事務局のドアの直ぐ向こうに、猫の気配がする。
 ジロと思われる低い鳴き声も伝わってきた。
 ちょうど仕事が一段落していたので、
 坐り机の前から立ち上がりドアを細目に開く。

 黒いからだの一部が覗かれる。
 ジロはそのような場合、ドアの下または横から、
 右前脚を差し入れ引き開けがちなので、
 声と動作で彼の侵入を牽制しつつ廊下へ出た私は、
 そのまま胡坐(あぐら)で坐り込む。

 ジロへ対していれば、
 兄弟のイチも、負けじと駆けつける。

 両手でそれぞれの頭から背を、我ながら飽きもせず撫でているうち、
 ジロは胡坐の中へ入り込んできて、
 双方の前脚を私の一方の太腿の上に揃える。

 イチもその太腿に、四つの脚の肉球を押し当てて、
 横ざまに寝転ぶ――彼は、横腹に触れて貰うのを好む。

 そうして更に何百回、私は、その動作を連鎖させたろうか、
 合い間に時々、「イチ」、「ジロ」と交互に名を呼び上げながら。

 2匹ともに、脚先や口での、私の手へのじゃれつきが増してくる
 ――行動への欲求が兆しているとみるや、
 「そろそろいいかな」とまず、粗略にならぬようジロを床へ移す。
 イチは、自主的に起き上がり、腰を高く上げて伸びをする。

 と思うと、彼らは、
 それまでの甘えや弛緩から一転して、とっとと右手の台所
 (その先を直角に折れれば、庭へ開け放されているガラス戸口)へ。

 例えば、他所者の猫たちとの格闘や、
 この季節なら蟬やトンボ狩りに備えて、
 「さて、よし」と、活力を満杯にされたとでもいうか。

 といって、それらの行為は、ほとんどジロが、一手に引き受けている。
 イチは一途に甘えん坊(チビも野性味に淡く、
 私との物心両面の距離を、その都度、猫ながら冷静に測っていた)。

 私の方は、養育者の義務(?)的些事を果たし、
 その代償でもあるまいが、
 仕事で尖っていた神経が宥和されているのを幸いに思う。

 私は夕方、
 ふやかしたキャットフードに鶏の笹身若干をトッピングしたのをそれぞれに振舞って、
 庭へ締め出せば、
 その一日の猫・私相互の営みに、句点が打たれるわけだ。

 くどくなるので、その種々の理由をここに列挙しないが、
 夜間は、雨天はもとより厳寒の日でも、
 また休日、出張などで私の不在の折は終日、
 協会の猫たちは、戸外で過ごすべく余儀なくされる。

 私は非情の心で、
 不興気な彼らを一匹ずつ抱き上げては戸口へ・・・。

 可能な、そして許される枠内でしかないが、
 彼らと共に行けるところまで。

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