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みんなの広場「こころのパレット」

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千人の交響曲 引用
映画青年 2026/2/16(月)23:50:40 No.20260216230343 削除
今宵はサントリーホールでマーラーの8番、千人の交響曲を堪能した。
指揮はインバル、演奏は都響に混声合唱や女性合唱、児童合唱、独唱ソリスト8名、客席にも金管楽器が配置された。
演奏は素晴らしかった。
千人の交響曲は何十年ぶりかでライブを聴いた。
サントリーホールも35年以上ぶり。
やはりこういう曲は生演奏でないと味わい尽くせないだろう。
特に児童合唱の朗らかな音は、そう感じる。
そして、この曲のあとにアンコールなどありえないと思ったのだが、指揮者が出てきてもいないのにコンマスの合図でおもむろに底弦がなり出し、
それは合奏になり、やがてステージにいた合唱団や児童合唱にソリストまで加わり、ハッピーバースデートゥーユーに。
そうだった。
今日はインバルの90歳の誕生日なのです。
再びステージに登場したインバルには花束とバースデーケーキが。
ひとしきりカーテンコールが続いたあと、楽員も合唱の方々もソリストもみんなはけて、ステージが空になっても鳴り止まない拍手に、インバルがコンマスとチェロのトップを引き連れて登場。
ようやく拍手も落ち着いた。
明日は東京文化会館で同プロが再演される。
私はそれにもいく。

〈音楽を廻って〉 引用
池見隆雄 2026/2/16(月)15:18:43 No.20260216150158 削除
 アンジェラ・ヒューイット(ピアノ)奏する『フーガの技法』はなかなか良い。
 しかし、私の心はまだ『平均律クラヴィーア』(全48曲)へ向いているので、
 今朝もランドフスカヤのハープシコードでそちらへ耳傾ける。
 唸ってしまった――何度でもそうなる。

 今日午後以降は、同曲のリヒテルのピアノを取り上げようと思う。
 それを終えても、なお、ズザナ・ルイジイチコ―ヴァも手元に控えている。

 リヒテルのは、若い頃、素人オーケストラに加入してチェロを弾いていた
 在京の友人が勧めてくれた。
 その彼からの昨年の賀状に、
 「老人ホームみたいなことろへ入れられるようです」とあった。

 ある事情で、彼には、全く身寄りというものがない。
 生活に支障を来たす疾患持ちでもある。
 今年頭は、彼からの賀状が途絶えた。
 宛先を知らないので、こちらから連絡の取りようもない。

 『フーガの技法』からは、私にも孤高の精神といった閃きが聴き取れなくもないように思うが、
 『平均律』の方は、まだしも生活臭を漂わせているだろうか?

〈連 想〉 引用
池見隆雄 2026/2/14(土)14:56:46 No.20260214143715 削除
 バッハの鍵盤楽器のための作、『イギリス組曲第2番』を聴いた。
 ィ短調の曲だけれども、曲自体も演奏も楽しいと感じられた。

 奥に何らかの悲しみを秘めつつ、なお微笑んでいる・・・
 ふと庭の水仙を想い出した。
 水仙も、そんなふうに看(み)て取れなくもない、
 「ナルシス」と呼ばれるゆえんか。

 バッハのその曲によっても、内面にある種の推進力が生じてき、
 ラヴェルの『クープランの墓』を連想させられる。

 こちらの曲は、ラヴェルがバロック時代の様式を借りて、
 第一次大戦で命を落とした友人たちの思い出と追悼のために作ったという。
 それは彼の、スピノザがいうところの「コナトゥス(現実的本質)」――創作欲をも
 強く刺激したことと思う。

 私自身の何らかのコナトゥスも、
 推進力として浮上してきているのか。

〈彼方へ〉 引用
池見隆雄 2026/2/12(木)15:23:20 No.20260212150403 削除
 昨日、ネットを通して、アンジェラ・ヒューイットなる女性ピアニストを知った。
 近年の私は、クラシック音楽界の動向へ対して盲目同然だ。
 曾ては、『レコード芸術』などその方面の雑誌へ目を皿のようにしていたが。
 
 バッハに『フーガの技法』という作品があって、
 未知のその曲へ最近関心がうずくので、スマホで検索したところが、
 ヒューイットのディスクが冒頭に取り上げられていた。
 それはファン待望の録音であり、
 また彼女は当代随一のバッハ弾きと見なされているとのこと。

 しかし、そのディスクの、通常の2倍近い高価さには抵抗を覚える。
 需要の多さを見越してか。
 一方、マルセル・メイエやワンダ・ランドフスカヤなど
 同じく女性のバッハ演奏と聴き比べるのも面白かろうとの好奇心も頭をもたげる。

 と、状態もよく思い切って廉価な中古品が目に跳び込んできた。
 しかも、知人から紹介された、ディスクの扱いについて信頼のおける出品者でもあった。
 久々の衝動買い。
 ネットは、こういう場合、本当にありがたい。
 ありがたいからこそ、滅多にお世話にならないことにしている。

 
追記
 あるピアニストの手になる随筆の、以下の箇所が私を、彼方へと押しやった、

 「音楽は私たちを絶えず遠くへと連れて行く。
  そしてその彼方には『マタイ受難曲』がある――
  そのさらに彼方には『フーガの技法』が。」

〈必 然〉 引用
池見隆雄 2026/2/3(火)14:35:19 No.20260203140759 削除
 今日午後、仕事の合間に、
 ラヴェルのピアノ独奏曲『夜のガスパール』へ耳(心)を傾けた(演奏はもちろんメイエ)。
 今日で7度目くらいになるか?
 凄い曲とは思いつつ、
 この取り止めのなさ、複雑怪奇な(というふうに思える)構造を遠巻きにしているのがやっと。
 (メイエのほかにもモニク・アースやアルゲリッチのディスクを手に取ってみたが。)

 しかし、今日は、何かが閃いた。
 確かな存在感というか、曲の構造の窺える瞬間瞬間も得られた
 ――前のフレーズと後のこのフレーズが相関している、あるいは響き合っているなど。

 ラヴェルの作品の中でも、私は今のところ、
 『クープランの墓』(ピアノ独奏曲)を最も好むけれど、
 『夜のガスパール』はそれと兄弟姉妹、陰陽の位置を成しているのではないかと。

 こうも言えるか、
 前者は陽の当たる推進力を体験している、
 後者は月光の青白さの推進力。
 見た目の感覚では前者のエネルギーの方が圧倒的だが、
 後者のそれはしたたかとでも形容するか。
 これら推進力の源を私にもとても特定できないが、同じ一つものであるだろうと想う。

 取っ付き難かった『夜のガスパール』からもそれを感得でき、
 私自身もまた、日々生きて、なにがしか活動していることの必然を喜ばしく思う。

 今日は、多少ピアノに触れられる家内ともども聴いたわけだが、
 初めてこの曲へ対し彼女は、難解なテクニックの苛烈なほどの要請や推進力に驚嘆。
 「いつかこの曲の楽譜を見てみたい。細やかな音符でさぞかし真っ黒でしょう」と言う。

 それを聞いて、音大のピアノ科に学んだ知人から聞いたエピソードが思い浮かんだ、
 「ラヴェルは、『全てを楽譜に書き込んだから、(演奏に際して)誰も何もそれを変えないでくれ』
 と常々漏らしていた」 と。

 今月が家内の誕生月だから、ラヴェルの楽譜をプレゼントするかな。

〈空 気〉 引用
池見隆雄 2026/2/2(月)14:47:03 No.20260202143533 削除
 曾ては独学で楽典をけっこう熱心に学んだり、
 ソルフェージュを数年間、継続したこともあったが、
 楽器へ向かうには不器用に過ぎ、
 音感も極めて鈍いというあんばいで、
 少年期から今日まで、LPやCDをひたすら「そうか、そうか」と聴いて来た。

 それが何になるのか、何の役に立ったのか知らない。
 というより、実利とは無縁に違いなかろう。

 今朝も、このペンを執る前、メイエの弾く、バッハ作『イギリス組曲』を一聴。
 その前後で何かが変化していた。
 いわば沈んでいた内面の空気が、少しずつ流れ出していた。

 空気が動けば、手足もついて来る。
 11時過ぎには、クリニックへも出かけなくちゃならない。

〈楽しみ〉 引用
池見隆雄 2026/1/29(木)14:24:41 No.20260129140653 削除
 だいぶマルセル・メイエのことを書いた。
 昨今は、彼女の弾く曲の中でもバッハを好む度合いが高くなり、
 彼女の演奏に限らず、バッハの鍵盤楽器のための作品へあれこれ手を出している
 ――『平均律』、『イギリス組曲』、『パルティータ』など。

 今朝は、ワンダ・ランドフスカによる『平均律クラヴィーア第一巻』(1949年録音)。
 このディスクも、一年半ほど前に購入したものの、
 私の手元に多いほとんど死蔵状態の一枚だった。

 充分、あるいは思うように音楽を楽しめない生活環境下に暮らしており、
 その不満を、新たなディスクを求めることで、
 幾分かでも紛らわしていたのかもしれない。

 今日、突発性難聴に因する左耳の低音障害は残っているものの、
 環境・心理面で自由さが増し、
 曾てより長時間、音量を上げてクラシック音楽を楽しんでいる。

 『平均律』全曲は、リヒテル奏のも所持しているので、今度はそれを。
 ――近い未来の新たな経験を思い廻しているときも、
 実際に楽曲に対しているに劣らず心躍る。

 ――「楽しさ」は、いつも、私たちの心の内にある。
 私の場合、音楽は、それへチャンネルを合わせるための一つの筋道だ。
 それを可能性の実現と言い換えたとしても、
 そう外れてはいないと思う。

〈早や明年へ〉 引用
池見隆雄 2026/1/13(火)14:56:13 No.20260113144825 削除
 今月9日から12日まで、「赤穂ハイツ」における3泊エンカウンター・グループ。
 我ながら、この体調で、よく出かけられたものと思う――まだ実感が伴わない。
 参加者、当方の家族の援助あってのこと、言うまでもない。

 瀬戸内の日の出は、変わらず美しい。
 三日目の夕食の一品として、その日解禁という蠣のフライをいただく。
 海水温の上昇などにより水揚げが激減したと聞いていたが、
 解禁とともに辛うじて私たちの口へも届けられたのだろう。

 明年もまた、
 静かな瀬戸内を紅に染め上げる日の出に、邂逅できれば幸いに思う。

〈完 璧〉 引用
池見隆雄 2026/1/6(火)14:47:29 No.20260106144416 削除
 昨朝もメイエを聴いた。
 ラヴェル作の『鏡』からの4曲。
 彼女の演奏は、私には完璧に聞こえる。

 他にどんな演奏が可能なのか?
 例えば、モニク・アースという、
 メイエとほぼ同時代人のディスクを取り寄せようかと思う。

〈シャブリエ / メイエ〉 引用
池見隆雄 2026/1/5(月)14:48:12 No.20260105144315 削除
 マルセル・メイエ弾く
 シャブリエ(1841〜1894)のピアノ小品集を聴く。

 美しかった。
 楽しかった。
 素晴らしかった。

 何かと頑なになりがちな私の心が、
 そのままに流れていく。

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