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みんなの広場「こころのパレット」

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Uさんへ hikaruさんへ 引用
池見隆雄 2025/10/10(金)12:21:22 No.20251010120657 削除
 9月30日付のUさんの返信へ昨日まで気付かず失礼しました。
 今日から、秋の3泊グループへ出掛けます。
 Uさんと「タイヒ」で語り合っていた頃が、ふと思い出されます。
 冬期には、皆で対流式の灯油ストーブを囲んで。

 ――あるときUさんが、「背中が寒い」というので、
 私は、後ろから毛糸のショールを掛けてあげた。
 あれも、私なりの内在性の顕れに基いていたのかもしれません。
 Uさんの内在性が、今、スピノザの哲学を求めているんでしょう。

 『知性改善論』へは、目を通しましたか?
 文庫本で80ページばかりの未完の論文。
 でも、『エチカ』への先駆でもあり、スピノザの肉声もが聞こえてくるように思います。
 それにしても、江川隆男氏の著書を、私も開いてみようかと思います。


 hikaruさんからの返信も見落としていて、ごめんなさい。
 hikaruさんからのそれを読んで、私は本当に、ワクワクで終われそうに思えたよ。
 そして後は、皆んな一緒――いやいやこの今も、皆んな一緒!
 

7月22日 引用
池見隆雄 2025/7/22(火)14:34:30 No.20250722141046 削除
 午前9時59分、室温29,9度。

 『スピノザ考』は面白くありません。
 ひとの講義について行くばかりでは詰まらない。
 結局、自分自身の“事実”を実感することはできません。
 『概念と個別性』という本でもかなりそのことを思い知らされていたけれども。

 昨日、ヴィルヘルム・ケンプ弾く、シューベルト『即興曲』を聴きました。
 LPの音質も手伝って、大変充実した演奏・曲のひとときと満足できました。

 室温が30度を超えました。
 ぼつぼつエアコンを入れますか。

 陽君から返信。私の身勝手な提案へ対し、受容的でした。

 昼食は何にしましょうか? うな丼でも食べたいところです。

 昨晩、位已光児さんへ電話するもつながらず。

 私は何も分かっていない。分かっていないのに、そこまで不安にならない。
 ――小さな奇跡の積み重ねに、存在を支えられている、そんな感じでしょうか。
 小さな智慧や、小さな奇跡。

 読書はあくまで、
 自分を振り返るための手段、きっかけ、材料、に過ぎません。
返信(1)を読む 最新返信日:2025/9/30(火)22:36:49

〈合 一〉 引用
池見隆雄 2025/9/22(月)14:18:39 No.20250922141158 削除
 昨日は、私の誕生日だった。
 何歳になったかは忘れてしまった――冗談だが。

 家族三人と一匹で、少しばかり牛頸(うしくび)山麓を廻る。
 赤白の、咲き初(そ)めの彼岸花がそちこちを彩って。

 此岸(しがん)に立脚しつつ彼岸に対面している。
 此岸と彼岸は、有限と無限と言い換えられるかもしれない。

 有限と無限との合一こそ最大の問題、
 と どこかに記されてあったな。
返信(1)を読む 最新返信日:2025/9/30(火)22:16:47

〈一 緒〉 引用
池見隆雄 2025/9/20(土)14:18:08 No.20250920141238 削除
 一昨夜、(野良)ネコの気配にソワソワ・・・
 もう世話する余力がない、状況も許さない。
 それに、皆んな一緒だから。

 仏教で「寿命」というと、単に与えられた命の長さを言うのではないらしい。
 「寿」は有限、
 「命」は生死を超えた永遠の“いのち”を表しているらしい。

 皆それぞれで、皆んな一緒。

〈時空を超え〉 引用
池見隆雄 2025/9/18(木)14:14:56 No.20250918135901 削除
 今年の誕生プレゼントに、家内から、
 サムソン・フランスヮ―弾く『ドビュッシー ピアノ作品選集』を贈って貰った。
 長年私はクラシック音楽に親しんできたが、
 ドビュッシーやラヴェルといったフランス系の作品へもあまり近づけなかった
 ――最初の幾ばくかの体験がむしろ違和感に傾いていたのだろう。

 それなのになぜ今更ドビュッシーを?
 ――自分の心を微かでもより広く開きたいからか?
 だんだんそのことが、私の生活上の最重要と思えて来て。

 今日は、『子供の領分』を選び出してみた。
 ずっと昔、ハンガリーのあるピアニストのリサイタルへ出かけたが、
 プログラムの一つがその曲。

 演奏中、私の内面には何らの変状も生じない。
 ふと斜め前の座席の青年が涙を抑えかねているのに気付いたが、
 どうしてこんな曲でと不思議に思えたのが、本当に不思議に今日も記憶に刻まれている。
 
 だが今日、時空を超えて、その青年が好ましく思われるのだ。

〈9 月〉 引用
池見隆雄 2025/9/2(火)15:37:30 No.20250902152413 削除
 私の拙文へも目を通して下さろうという方があるので、
 それにも少なからず励まされて、小文であれ、できれば書き込みたいと思う。

 今月は私の誕生月。
 そうだからというのではないが、私はずっと秋が好きだった、
 取り分け9月が。

 私が在籍した高校は、毎年9月の最終日曜日が運動会と決まっていた。
 私は運動会となると張り切る方だった。

 3年のその行事もあとは閉会式を残すのみとなり、
 生徒たち全員運動場に屈み込んでその開始を待っていた。
 そのとき、ふと私は、胸へポカリと浮かんできた感慨を誰へというのでもなく、
 「あとは受験だけだな」と吐き出した。
 周囲の者たちが皆、力ない笑いを浮かべた。
 私たちの高校生活は、事実上、そのとき終わりを告げたのだ。

 あの力ない、と同時に未来へ向かっての共感の連鎖によって、
 私はいっそう9月が好きになった。

〈大 船〉 引用
池見隆雄 2025/8/18(月)14:27:12 No.20250818142228 削除
 この一ヶ月ほどは、毎朝、スピノザの『往復書簡集』を開いていたが、
 一昨日、昨日とふと他の書物へと手が伸びた。
 すると、その夜、彼に叱咤される夢を見た。

 どのように、どのような言葉で叱られたのか記憶にないが、
 ともかくほとんど眠れなかった。

 今朝は、『・・書簡集』へ戻る。
 大船に乗ったかのようであり、 
 しかもその大船も絶えず揺らいでいるのが分かる。

〈ワクワク〉 引用
池見隆雄 2025/7/16(水)15:30:44 No.20250716152559 削除
 昨年11月の初め、
 中学時の盲腸切除以来、医師にも私にもそれより遥かに困難な手術を受けた
 ――5時間ほどを要した。
 幾つもの原因あるいは経路から術中に死亡する可能性も否定できないのだから、
 それへ臨むに当たって不安がなかったわけではない。
 しかし、それより、
 ほぼ初の体験であることで、多少誇張するならばワクワクの方が優っていた。

 ストレッチャーに移されて手術室からICUに向かうまぎわ、
 担当医が、「池見さん、無事終わりました」と耳元で大声に告げてくれた。
 意識が戻り、安堵感はもとより、何か幸せな気分に包まれていた。

 さて、このカタチを備えた私は、いつか必ず消滅する
 ――それを「死ぬ」とも「往く」とも言ってよいかと思うが。
 ともかく、カタチを備えた私の意識としてそれは
 空前絶後、あるいは未知の体験であるわけだ。

 手術を受けるのとは異次元のワクワクが、そこに待っているように思えてならない。
 誰しもが、いやすべての個物がみな、その最期をワクワクで締め括れるのであれば、
 私にとってそれ以上の至福はない。
返信(1)を読む 最新返信日:2025/8/17(日)18:41:09

〈思い掛けない〉 引用
池見隆雄 2025/7/28(月)14:20:33 No.20250728140743 削除
 昨晩は、食後に、小さな湯飲み一杯、お湯割りの焼酎を喫す。

 焼酎の銘柄は、亡母の実家、「池亀」製造の「流石(さすが)」。
 「明治乃酒」という当時の製法をよみがえらせての、
 「池亀」の看板酒の酒糟を原材料とする米焼酎。
 仄かな酒の香の爽やかな風味が命名にふさわしいと思わされる。

 数ヶ月前になるだろうか(つまり腸に病気を得た後)、
 ふと身体レベルでアルコール類へ関心が向き、
 しかも飲んでみるとけっこう美味しい、そんなことは、過去ほとんどなかったのだが。

 長年控え気味だったコーヒーや紅茶へも手が伸びる、チョコレートへも。
 病気は存続しており、定期的に検査へも出かけなくてはならないというのに。

 涼しくなったら、ボツボツ山歩きも始動し、
 大野城市牛頸へんの低山の一つ、大佐野山の頂上に立ちたいと思っている。
 

〈何でも〉 引用
池見隆雄 2025/7/26(土)15:03:28 No.20250726144728 削除
 久し振りに、位已光児さんと電話でお話しした。
 住居は名古屋市内。こちらよりさらに暑いはずだ。
 「エアコンはつけられてますか? 」と尋ねると、
 「使わないんです。その代わり、表も裏も開けっ放し」

 位已さんは街中ではあるが、わり合い高所に住んでおられると聞いた覚えがある。
 風通しは良いのだろう・・・それにしても、
 「慣れました」と言われる位已さんは、最近91歳を迎えられた。

 私は、位已さんへ、一昨夜中の出来事をお話しした。

 昨日の午後、定例の2時間半のグループに臨んだのだが、
 その参加者の中にお一人、私にとってはコミュニケーションを取り難い方があり、
 どうしたものかとほぼ途方に暮れていた、正にその方と会話している夢を見たのだった。
 目覚めたとき、私は、嘘のようにスッキリとした心持だった。
 その心持のままグループへ出掛け、その方本人へ夢の話をして意気投合した。

 位已さんは、「心にはカタチがないから何でもある」とよく言われる。
 そこからすると、こんなことも起こって少しも不思議はないわけだ。
 そのときの心持は、今日も持続している。

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