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吉住「ぱっしょん」ブログ

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ページ 1 (1〜10)     ホームページ

《6333》 中村哲医師一周忌 引用
2020/12/4(金)08:42:15 No.20201204083639 削除
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No.1
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No.3
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No.4
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No.5
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No.6
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No.7
         =決議案が審議入り、12月16日採決=
「古賀市名誉市民 中村哲医師の功績を称えるモニュメントの設置を推進する決議
について」が第92号議案として昨日3日の古賀市議会本会議で審議入りしました。

たまさか一周忌の前日の議員提案。提出者として「比類のない尊く人道的な故人の
功績と遺志を永遠に継承していくため」「国内外の人々の記憶に残り続けるよう、然
るべき場所に中村哲医師の功績を称えるモニュメント=vの設置を求める決議案の
趣旨説明を行いました。

添付はその時の補足説明資料です。同日は議員3氏からの質疑がありました。最終
日の12月16日に採決されます。

関連既投稿)中村哲モニュメント《6318》2020.11.25
https://tootoo.to/view.cgi?n=yoshizumi&m=20201125030818

《6332》 祝 修学旅行 引用
2020/12/4(金)05:46:25 No.20201204054309 削除
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No.1
         =花鶴小、6台のバスで長崎方面へ=
思わず1960年代の青春ソングを口ずさみたくなる修学旅行。私の子供や孫が卒業し
た花鶴小学校では、昨日3日、6年生が修学旅行に出発しました。

新型コロナ感染で一時は危ぶまれていましたが、無事に出発できて良かったです。
小中学校の修学旅行支援事業の市費単独補正予算は今年7月15日の第4回臨時議会で
議決されていました。

 2人掛けに1人着座できる増加するバス台数は8小学校で12台、3中学校9台
の約720万円の増額。花鶴小では通常なら4台を6台に増車しての長崎行き。

 昨日は平和記念像を訪れ、宿泊地は雲仙温泉の青雲荘だったようです。しっかり学
び楽しんできてほしいものです。
母校の古賀中学校は2月21日〜23日、鹿児島方面だとか。
                   (参考:花鶴小学校フェイスブック)

《6331》 馬喰の首領か 引用
2020/12/4(金)05:22:38 No.20201204051801 削除
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No.1
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No.2
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No.3
           =15頭殉葬の船原古墳被葬者を想定=
私が生まれ育った薦野には「馬喰(ばくろう)」と呼ばれていた職能師が2,3人お
られました。名前も顔も出て浮かびます。

先だって28日の船原古墳講演会の九州歴史資料館、吉村芳徳氏の「船原古墳とその
被葬者像」講話では古代の馬≠フことをあれこれ思い描きました。

もともと女王率いる倭国≠ノは魏志倭人伝に記されるように、牛や馬等はいなか
った。それなのに「512年に軍事支援で筑紫馬40頭を軍用馬で百済へ送る」とあります。

短期間で筑紫一円が馬の生育に適した草原が広がり飼育者が多数おられたのでしょ
う。吉村氏は土坑から15頭の生物体が埋められたと想定。

そしてこの地は「軍馬を提供する後方基地」で「馬飼い集団の統率者だったのでは
ないか」と殉葬馬では示唆されています。

百済に40頭を送った積み出し港湾は鹿部田淵遺跡の花鶴川の入り江だった可能性も
あるのかも。いずれせよ古代官道、席打(むしろうち)駅=同地名の、今の筵内で催され
た国体馬術競技会場の跡に県馬事公苑に継がれたのも古代と現代が直結したように思
えてなりません。

※昨日投稿文でしたが、一部誤記を手直した上で再投稿します。2020.12.4早朝

《6331》 戦闘機墜落 引用
2020/12/2(水)07:05:04 No.20201202070126 削除
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No.1
           =83年前、薦野での大騒動=
盧溝橋事件が勃発、日中全面戦争へと泥沼化していく情勢下。1937(昭和12)年11月
30日15時半頃、薦野の地で一大騒動が起こりました。

薦野上空を数機編隊の戦闘機の内、1機が薦野字前田の竹藪の中に墜落したのです。
機体は大分佐伯基地から飛び立った日本人が初めて設計製造した九〇式艦上戦闘機。

操縦者は生存していた。農繁期だったが区の役員、薦野警防団による夜通しの警備
や機体処理の手伝い、女性は軍隊、医療関係者などに対するカシワ飯の炊き出し。

師走の農繁期にもかかわらず、村人が当番で総がかり数日間対応したという証言が
あります。事故処理費で70円程度、小野村から42円の補助があったが不足が薦野負担。
軍隊から「お礼の一言、1円の補助もなかった」。
まさに踏んだり蹴ったりの出来事だった・・・とか。【参考:薦野の戦記432〜433n】

《6330》 人と水と命 引用
2020/12/1(火)07:12:53 No.20201201070104 削除
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No.4
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No.5
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No.6
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No.7
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No.8
          =中村哲医師の河川哲学を学ぶ=
地球温暖化で大旱による魃飢えとおびただしい犠牲をアフガンで見た中村哲医師。
その後、「百の診療所よりも一本の用水路を」を辺境の地で実践されました。

その河川哲学≠フ業績の足跡を専門分野の立場から検証する集いに29日午後、参
加しました。

 その場は水、河川、湖沼関係文献を30年間で13000冊を収集され古賀邦男氏の贈呈
を受けた久留米大学河川文庫開設を記念した企画でした。

 第1部は筑後川流域らしい河川事務所所長から、河川工学の立場からの基調講演と山田
堰土地改良区理事長でもあったNGOペシャワール会で昨年4月18日から30日現地を
赴いた徳永哲也氏からの話題提供でした。

 自宅の電話線復旧工事の関係で第2部の座談会入る前の休憩時間に、徳永氏と挨拶
を交わして会場を出ました。島谷氏の「哲医師の足跡をみると超一流の治水家と同じ」
の短い感想が印象にのこりました。

 ペシャワール2021年〔人水命〕カレンダーは1月に「誰もが押し寄せるとことなら
誰かが行く。誰も行かないところでこそ我々は必要とされる(中村哲)」の言葉。
 比類ない川筋気質の古賀市出身者の大きな存在を思い新たにした日でした。
Re: 《6330》 人と水と命 (返信1) 引用
2020/12/1(火)07:19:11 No.yoshizumi-20201201070104.1 削除
(1行目訂正)大旱による魃→大旱魃による

《6329》 通信不通 引用
2020/11/30(月)18:53:49 No.20201130185045 削除
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No.1
         =屋根裏で電話線噛み切ったネズミ=
この1週間、私邸電話FAXもちろんインターネットが繋がらない事態が続いていました。
まさか電話回線が不通とは思えずパソコン周辺機器の何らかのトラブルでは?とあれこ
れやってみたもののダメ。

 一昨日FAXが送信できないことが発覚。やっとのことで復旧工事の連絡がつき、車
両が横付け3時間近く屋根裏まで上がって断線箇所を突き止め。

 その原因はネズミみたいでした。個人負担は一切不要でしたがまさか動物が原因とは
驚きました。

《6328》 暖房器具 引用
気ままなモドキ 2020/11/30(月)15:39:54 No.20201130144922 削除
「そろそろストーブを出そうか」と言っていた今月初めでしたが、急に季節外れの暖かさで沙汰やみにしていましたが、
最近の冷え込みで我慢できず、倉庫から取り出しました。
我が家のストーブは少し旧式で、マッチか着火ライターでの点火式(購入した時は点火装置が付いていましたが壊れた)
で鍋、ヤカンを載せることが出来、時にはスルメや餅を焼くことも出来ます。
夕方、冷えた足を温めていると小さい頃の冬の学校や我が家の事が思い出されました。

小学校に入学して、初めての冬の暖房は大きな火鉢2台の炭火暖房だけでした。
校舎は木造平屋で一部2階建で木製窓は隙間だらけ、床は松板張りで節穴や張り合わせの隙間から冷たい風が吹きあがり、
とても火鉢暖房で温まるわけがありません。 みんな防寒用の「袖なし」着用でしのいでいたと記憶しています。
2年生の冬は合併で町立から市立になり、全教室に石炭ストーブが取り付けられ火鉢とは比べ物にならないほど教室は
暖かくなりましたが窓と床からの隙間風は6年間変わらずでした。
朝、登校すると小使いさんが入れた炭火の上に石炭を入れ「うちわ」で煽ぐと石炭が燃え始め教室中が石炭の燃える独特の
匂いがしましたが、これも懐かしい匂いの記憶として残っています。

一方、我が家の暖房といえば堀炬燵だけでした。 火鉢もありましたが暖房用ではありません、鉄瓶でお湯を沸かすだけ。
何故か炬燵を出す時期を決めるのは祖母で、いくら寒くなっても冬至が近くならないと、いくら頼んでも出さない。
寒くなると早々と炬燵が出してある友達の家を見ると羨ましかったものです。
炬燵で炭の燃える匂いも懐かしい記憶です。
何をするのも炬燵で「そんな事は炬燵でするな、出てやれ」とよく叱られました。 でも、炬燵の中がいい。
寒さが厳しい朝などは、母が釜戸の熾火を炬燵に入れてくれた頃を見計らって寝床から起き上がったものです。

「お父さん、炬燵どうしようか」。「炬燵は足が暖かくていいが、お前がすぐ潜り込んで寝てしまうからな〜」。
「お互い様でしょう!」。 両者協議のうえ、炬燵を出すのはまだ時期が早いと意見がまとまりました。
昔を思い出して炬燵は冬至まで我慢するか。

《6327》 磐井の郷へ 引用
2020/11/30(月)06:49:23 No.20201130062229 削除
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No.8
         =「粕屋屯倉」鹿部田淵がある八女常設展示=
28日の船原古墳講演会のメイン講義で吉村靖徳氏が言及されていた「粕屋屯倉」の話
題です。

その翌日29日午前中は予定通り八女市へ向かい、阿蘇溶結凝灰岩を用いた石製装飾品
の企画展示を観覧しました。

その後「粕屋屯倉」が置かれたことと密接な関係がある磐井の郷「岩戸山古墳」ゾー
ンを一周散策しました。

交流館常設展示では明らかに「粕屋屯倉」の9か所の位置で「筑紫君一族の末裔たち」
として古賀市を強く意識、鹿部田淵遺跡の現地写真まで展示されています。吉村氏講話と
は対照的な位置づけが実感できました。

久留米ラーメンで昼し、もう一つの目的地、中村哲氏の「河川哲学を学ぶ集い」で
久留米大学御井キャンパスに移動しました。

《6326》 玉虫の発見 引用
2020/11/29(日)07:18:09 No.20201129071100 削除
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No.8
      =王様しか持てない馬具装飾ブームも仕掛け=
玉虫装飾馬具の新発見の展示にあわせた船原講演が昨日28日午後、開催されました。
前座は11月1日に宮崎西都原考古博物館シンポジウム「国宝馬具とその時代」で講義
された文化課職員西幸子さんからの調査報告。なかなかのまとめで感心しました。

とくに2013年発見以来、2018年に杏葉に玉虫装飾の発見したその間のタイムロスに
丁寧な解析。「金属に革や木などの有機質がくっついたものをブロックごと固めて
発掘し、それを室内で取り除く作業(長期間の手間がかかるため、発見から
5年後の)を経て2018年に実測作業でタマムシを発見した」という経緯。

 小郡市にある九州歴史資料館で目立たたない縁の下のクリーニング作業にあたられ
ている場面の紹介も適切だったと思います。

 今ではお目にかかることがまずない、本物のタマムシを敷き詰めて再現にも挑戦。
16種類もの船原古墳缶バッチも昨日から販売開始。
これまでにない笑顔こぼれる玉虫ブーム盛り上げ作戦に英知を絞られていました。

最近関連既投稿1)国宝当確=s6298》2020/11/13(金)
https://tootoo.to/view.cgi?n=yoshizumi&m=20201113145953
最近関連既投稿2)玉虫装飾馬具《6300》2020/11/14(土)
https://tootoo.to/view.cgi?n=yoshizumi&m=20201114164354

《6325》 安倍マスク半年 引用
2020/11/29(日)07:01:43 No.20201129065728 削除
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            =古賀市で新たな感染者3人=
11月12日19例目から2週間ほど経った27日、新たな陽性患者3人が確認
されました。安倍マスクが郵送されてきたのはちょうど半年前。

古賀市では落ち着いてきたかな?と思っていた矢先の情報。義務付けでないのに
高いマスク着用率の日本は国際的には驚異的だとか。
年末年始に向かう折柄、一層3密警戒心を緩めずに乗り切ってまいりましょう。

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