みんなの広場「こころのパレット」

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〈私の“柱”〉 引用
池見隆雄 2025/10/22(水)15:22:19 No.20251022150539 削除
 本居宣長は、『古事記』の記述を全て事実(この言葉一つ取っても一筋縄ではいきませんが)
 と受け止めていました――そういう認識に到達していました。
 そのへんを廻って、『雨月物語』の作者・上田秋成と一風変わった論争をしたことがあります。

 秋成の長文の反論へ目を通すと、
 現代の私たちには至極ごもっとも、論理明晰と肩を持ちたくなります。
 ところが宣長は、
 「『古事記』をよく見べし」 としか応えないのです。
 秋成は当然(?)ひどく立腹したと伝えられています。

 宣長は、『古事記傳』という大著を著しています。
 私は7年8ヶ月と15日を掛けてそれを読み終えたわけです。
 そうしても、なぜ宣長が『古事記』=事実と見なしたかということが理解できませんでした。
 ただ、その決して読みやすいとはいえない書物へ対していると、
 心が躍り身体が熱くなるのを自覚せざるを得なかったのです。
 それが何故なのか、いまだに不明です――言葉になりません。

 しかし、我が国に宣長という人物が存在し、
 その主著作の隅々にまで接しられたということは、
 今日でも私の誇りであり、拠って立つ人生の柱の大なるものです。

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