だいぶマルセル・メイエのことを書いた。
昨今は、彼女の弾く曲の中でもバッハを好む度合いが高くなり、
彼女の演奏に限らず、バッハの鍵盤楽器のための作品へあれこれ手を出している
――『平均律』、『イギリス組曲』、『パルティータ』など。
今朝は、ワンダ・ランドフスカによる『平均律クラヴィーア第一巻』(1949年録音)。
このディスクも、一年半ほど前に購入したものの、
私の手元に多いほとんど死蔵状態の一枚だった。
充分、あるいは思うように音楽を楽しめない生活環境下に暮らしており、
その不満を、新たなディスクを求めることで、
幾分かでも紛らわしていたのかもしれない。
今日、突発性難聴に因する左耳の低音障害は残っているものの、
環境・心理面で自由さが増し、
曾てより長時間、音量を上げてクラシック音楽を楽しんでいる。
『平均律』全曲は、リヒテル奏のも所持しているので、今度はそれを。
――近い未来の新たな経験を思い廻しているときも、
実際に楽曲に対しているに劣らず心躍る。
――「楽しさ」は、いつも、私たちの心の内にある。
私の場合、音楽は、それへチャンネルを合わせるための一つの筋道だ。
それを可能性の実現と言い換えたとしても、
そう外れてはいないと思う。
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