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◆◆◆(旧)古賀と(旧)鹿部の切磋琢磨史◆◆◆
「古くて新しい古賀神社」の調査研究に一区切りつけました。4文字なら「新旧交代」で
なく「新旧一体」神社と結びました。史料と現地から浮かんだのは旧古賀村(K)と旧鹿
部村(S)との間柄。
鹿部山三峰稜線から北(K)、南(S)に二分し農耕に勤しんでいたが鉄道開通の明治
23(1890)年以後、「鹿部から(鹿部山周辺の農地に…吉住)出作する者が花鶴(古賀
駅から海岸線までの広範囲)に」(注)移住した。
更に年々、鉄道から西側の街並みが形成され、鉄道東側集落と一体の新「古賀区」を生
んだ。 四神社合祀はその変遷が背景にあることが必至だということです。
(注)古賀町誌(1985)827P |