この一週間かそれ以上、音楽を聴いていない。
――聴きかけて直ぐに止めるとか、聴こうとしていると来客ということはあった。
聴こうという欲求も希薄、もう少しいえば
それより今の私に必要なもの、あるいはことがありそうな内的感覚を拭いきれず、
結局CDをトレイに乗せ損ねてしまう。
読み・書きへは、関心・意欲がこの数ヶ月より高まっているようだ。
ということは、その間、音楽は、そういう私の意欲を育んでくれていたのかもしれない。
心地良い思いや、推進力や内省力の深まりなどを、聴くごとに味わわせて貰ったものだ。
意識の上でも、どちらかというなら、「聴く」よりも「読み書き」へのウェイトが重い。
どんなに素晴らしい曲、演奏であっても、所詮、聴くという行為は受動的だ。
どんなに拙い小文であってもそれは私の能動的な営みだ。
受動は能動へと至るプロセスなのかもしれない、少なくとも私自身にとって。
そして当然、両者の間には呼応するものがなくてはならないだろう。
別言すれば、一致する要素がなくてはならないだろう。
似て非であるところこそ、私の私たる所以なのかもしれない。
只今の私にとって音楽は、どちらかといえば非であり、
それをより厳密に規定すれば、私の現在の位置を指し示す里程標。 |