あまりCDを聴く機会を作れない近頃の中で、ふとそうしようと思い立つとき、
対象のCDは、アンジェラ・ヒューイット(ピアノ)のバッハ、『フーガの技法』。
殊更心動かされることも、退屈することもなく、淡々とした心持で、
しかし次から次と聴き進めていく(全19曲)。
今日は珍しく、その曲が6曲ばかり流れたところで、
シューベルトの『未完成』交響曲やショスタコーヴィッチの『弦楽四重奏第五番』が思い浮かんで来た。
こういうふうに他の曲が連想されるとき、あるいはされ始めるときは、
音楽そのものへの感興が蘇ってくる兆候であることが多い。
――それをずっと拡大して言わば、再び生きんとする態勢が調いつつあるということになるか。
一昨日、昨日の二日間は、学生とのエンカウンター・グループだった。
心理臨床を学んで来た彼らだけに内省力には見るものがあり、
私として手応えと心強さを覚えた。
疲れなかったわけではないが、昨今種々の身体の不調ながらに、
私が最も目指すところのグループでの自分、というかファシリテーターの在り方を
可能な限り文章でもってなぞりたい、その作業への思いも途切れてはいないようだし、
前述のように寧ろ生きる態勢の蘇りさえ意識野へ反映されている。
学生の彼らは、来月から各々の職場で自分を試し、生かすことになる――そうであるように。
私自身は、今のこの場を維持し、花の一つも咲かせたいと思う。
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