みんなの広場「こころのパレット」

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〈楽曲の“今”〉 引用
池見隆雄 2026/3/25(水)14:40:20 No.20260325142525 削除
 このところ、バッハの『平均律クラヴィーア曲集T・U巻』ばかり聴いている。
 幾人かの演奏家で。――演奏にはハープシコード、ピアノを用いたものの2種あり。

 今日はリヒテルのピアノでT巻の最後の3曲を。
 この巻を締めくくる第24番ロ短調は15分以上かけて弾いている。
 昨日、一昨日と心的エネルギーを用いること少なくなかったということもあるのだろう。
 正座して再生機へ向かいつつも、ウトウトとする。
 曲、あるいは演奏がつまらないからというのでは毛頭ない。
 このあたりの曲は、『フーガの技法』からの感銘に共通する、
 と思いつつウトウトしている。

 フーガという楽曲形式を私は、今更のように気に入っているようだ。
 音の重なりでなく横への連なり。
 どちらにしても音楽は、その“今”を表現しているに違いないのだが、
 フーガは、その今がいつまでも終わらないということを、殊更印象付けてくれる。

 リヒテルのディスクは終了した。
 しかし、私は、この“今”を生きている。
 そのことに意識の根を浸されつつ。

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