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昔の写真  14
by 管理人 at 2026/1/30(金) 14:56:59 No.20260130143711 コメント】  削除 引用
425 x 283 x 43,935バイト
No.1
425 x 283 x 34,825バイト
No.2

2023も暮れゆき、最後に「頸城鉄道夜間撮影ツアー」が待っていました。実はこの時も低気圧が近づき、開催が危ぶまれていまして、天気予報とにらめっこしながら、新潟を目指しました。軽便の夜間撮影については、少し雨が降った方が路面が光るので、自分のイメージに合ってたのですが、大雨でブレの出そうな暴風雨では泣いても泣ききれません。不安なまま撮影ツアーは開始され、夕刻を迎えます。
 百間町につくと、天候悪化では中止の可能性もと言うアナウンスに加え、保存車が痛むのを恐れる若いスタッフ、人の気も知らないで、中止を進言しだすし、本当に緊張はりつけた局面もありましたが、年配の方が開催を進言してくださり、撮影を始めることができました。ありがたやありがたや。
 蒸気発生装置のおかげで、まるで生きているようなコッペル。こんな夜間撮影をしたいと思っておりました。半世紀を経てやっとやっと、もうダメかと思っていた風景を手に入れる。感無量です。
  あと見たかったもの。助六・石油発動車・単端・草軽デキ撮影。どれも実現は難しいでしょうね。とりあえず、ここで一区切り。そう思える自分が今とても嬉しい。 
昔の写真  13
by 管理人 at 2026/1/30(金) 14:31:06 No.20260130141049 コメント】  削除 引用
567 x 425 x 70,375バイト
No.1
425 x 283 x 87,878バイト
No.2

425 x 284 x 68,322バイト
No.3


このモノクロのカットは成田鉄道のSLで、昔の書籍に何度か掲載されていたカットです。私の軽便ヒストリーは後手後手で後悔ばかりだったのは、前述しましたが、いつもこんな1カットだけでよかったから撮りたかったと、いつもため息ついて見ていたのが、この写真でした。なんの変哲もない編成写真ですが、何故かこのカットが大好きだったのです。
 9号機のお披露目の日は、もう日の暮れかかる夕刻で、調子が悪ければやらないという話が出てました。冬の日差しで、もう影がみるみる伸びてきて、順光で撮れるのはわずか。もう早く早くと焦って待ったのを覚えております。そして撮れたカットは、斜光線悩ましく、まるで成田鉄道のそれを連想させるカットでした。計り知れないほどの喜び。こんなカットを撮りたくて、ずーっと果ては海外まで探し求めた風景。大きく大きく回り道をして、やっとここで押さえることができたわけです。それも客車は井笠の客車で、穴のあくほど眺めた写真は、ここから程ない距離の成田鉄道のものでした。不思議な縁に導かれ、私の軽便道はかつてない充足感に包まれ、これで一区切りついたんだと思いました。
 このあと9号機は、「満足した???」と言わんばかりに、さらに改造され、ボイラーまで変わって、ヨーロッパ風の姿に変わってしまいました。まさに、逃したらまた迷走するところでした。いまはとても穏やかです。あの頃は、こんな気分で締めくくれるとは、とても思いませんでしたもので・・・。
昔の写真  12
by 管理人 at 2026/1/30(金) 13:03:43 No.20260130124757 コメント】  削除 引用
425 x 284 x 38,361バイト
No.1
425 x 284 x 36,812バイト
No.2

425 x 284 x 24,874バイト
No.3
425 x 284 x 80,343バイト
No.4

425 x 284 x 38,429バイト
No.5
425 x 284 x 70,445バイト
No.6


この9号機、パグみたいなブサ可愛いといいますか、私のツボで、私は年間パスポートを買って撮り始めるんです。3シリンダーという珍しい構造もさることながら、なんといっても黒い蒸気機関車というのが、日本の軽便を思い起こさせてよかったんですよね。
それで頑張ったおかげで、夢のようなカットを おさえることができたわけです。
 面白かったのは、SL運転のない日曜日。私は成田空港にA380を撮りに行くのですが、珍しくいつもの右折ルートを外してしまい、ずいぶん走ったあとにナビのリールートをかけたんですね。そしたら成田市中心を通るルートがでて、なんか成田山の横を通るし、渋滞しそうで危ないルートだったんですけど、なんか気分転換にと進むことにするんです。そして市内に来た頃、9号機がイベントで貸し出されて展示されてたことに気づくんですね。それで場所を調べたら、ナビの示すルート上で、呼ばれるように寄り道。それが成田鉄道を回想するイベントで、後述しますがこれがまた因縁ん深く、私は9号機をスナップして空港に向かったのでした。
昔の写真  11
by 管理人 at 2026/1/29(木) 15:02:06 No.20260129144952 コメント】  削除 引用
850 x 638 x 171,096バイト
No.1
850 x 638 x 176,359バイト
No.2

2023年のこと、海外撮影で知り合ったとある方からメールがきます。久しくお会いしてなかったのですが、私が疎遠になっているのを知っているのか知らぬのか、その内容は「まきば線に遊びに来ませんか?」 断る理由もないので、私は伺うことにしました。ちょうど1号機を直してる頃で、気になっていました。「この機関車が黒いままで復活したらいいのにな・・・。」と思っていました。しかしここはカラフルな機関車ばかりなので、日本の軽便というより、ヨーロッパ系の雰囲気があり、趣好が違うんだろうなと感じていたんです。いまでも、なんで私に連絡をくれたのかわからずにいるのですが、そのおかげで、その後いつの間にか製作が進行していた9号機という新しい機関車と出会い、不思議な1年を過ごすことになるんです。
昔の写真  10
by 管理人 at 2026/1/27(火) 20:15:07 No.20260127193315 コメント】  削除 引用
850 x 575 x 52,873バイト
No.1
850 x 638 x 50,399バイト
No.2

850 x 1133 x 153,764バイト <この画像は大きいので別画面で表示します>
No.3


と、ここまで人に言うことも憚れるような恥ずかしい話を書きつづったのは、掲示板が最後ということもあって古い写真を見ていたら、多様を避けてなるべく1回使用でしまいこんだ写真を、また使いたくなったことと、今こうして穏やかになった2023年の経緯を、筋立って書きたかったからなのであります。他人には単なる偶然でも、本人には極めて不思議な縁を感じることって、前述の鳥瞰図の本のことのようにあるんですよね。
 私の軽便への思いは、簡潔ではありますが、ここまでの経緯のように流れてきたわけで、かき集めた様々な資料・写真・経験によって、ピースの欠けたクロスワードのような風景ながら、結構それなりに絵がわかるようになったというか、それなりの満足感が出てきたわけです。でもまだ欲しい絵はあったわけで、それは極めて叙情的な日本の鉄道風景を写真にすることでした。
  臭い言い方ですが、幕末の志士たちが明治政府樹立という歴史の流れを作る中で、まるでそれを成すための歯車のごとく、流れを変えると流れ星のように消えていく様が、私には何か人間が誰かから使命を前もって与えられて生まれてくるような、面持ちを感じておりました。ほんとにちっちゃいちっちゃい使命なのですが、私はきっとこれを完結するために、この趣味を与えられたんだなと思ったことがありました。
  仲間から離れ、単独行動になった私は、相変わらず撮影に出ておりました。ある時、昔の友人のHPで頸城の夜間撮影会をした記事を見つけます。それは私が頸城の保存車を里帰りさせたら、真っ先にしたかったことで、人を集めれば撮影に応じると記載を見つけたものの、私にはもう募る中もわずかで足りませんでした。いつかはと思いつつ、あきらめかけ、延び延びにしていた頃、オリンパスの木曽森林ボールドウィン夜間撮影会の募集記事を見つけます。早速申し込んだものの、これは台風であえなく中止。また、悶々と日々を過ごします。その後、再度オリンパスにて秩父鉄道の撮影会記事を見つけます。秩父鉄道は以前JNRデフの時に行われたイベントに応募間に合わず締め切り、車庫外から撮影にしようと出かけ、ご覧のとおり便乗禁止の嫌がらせにあって、雰囲気だけ味わって終わるということがありました。「当日入れてくれれば、払うのにな・・・。」なんて思いながら、眺めていたもので、今回は自分の機材は使えないものの、応募することにしました。 
  これまで後手後手人生の顛末をあれこれ書きましたが、実は現役蒸機撮影も私は間に合いませんで、C57135による旅客最終列車を、指をくわえてTVで見ていた一人です。一つ上のいとこは、親父さんと一緒にそれを撮影に行っていて、境遇の違いをぐっとこらえていたのを思い出します。さらには貨物の最終日は、私の誕生日で、「なんて悲しい、誕生日だ・・・。」と嘆いてたものです。その後も、EF58でのSGバルブを切望するのですが、大したカットも撮れず、ゴハチはEG化されてしまい、私は磐越西線D51・北海道C623・梅小路機関車館と渡り歩いて、そして今回と、夜汽車のカットを追い求めたのでした。
 その時に偶然見つけたのです、「頸城鉄道夜間撮影ツアー」なる広告を。飛びついたのは言うまでもありません。
昔の写真  9
by 管理人 at 2026/1/27(火) 18:46:19 No.20260127180644 コメント】  削除 引用
850 x 567 x 573,201バイト
No.1
850 x 567 x 74,511バイト
No.2

850 x 638 x 74,849バイト
No.3


それで高校生の頃、頸城と井笠のコッペルが、高校のすぐ近くの西武山口線で走っていることを知るんですが、この時もカメラ抱えて行った時には、台湾精糖からきたかなり大きめなコッペルに置き換わっていて、私は奇跡のチャンスを撮り逃すことになり、どん底に落ち込むわけです。失意の元、ローカル線に行ってはかき集めるカット、満たされぬ気持ち。そんな時、撮影地である趣味団体のF氏に会うんですな。彼は海外まで撮影する猛者で、その頃の私は国内にもう追い求める風景はないのではと思っていた頃なので、まるで神様が合わせてくれたようなF氏にすがることにして、無理やり有休代休をくっつけて、彼の海外行に同行することにしたんです。そこには夢のような世界が待っていました。厳密には日本の求める風景とは差異があるんですが、らっきょ煙突の西大寺もどきコッペルや、単端もどきDL、日野トラックのGL、ボールドウィンの木曽のようなSL、無火機関車、そうそうパシナも、鉄道以外にもDC3・コニー、夢にまで見ていた光景を現実のものとして捉えることができました。思えば、感謝しきれない数々のカットをものにしました。
 この仲間とならすごい夢が叶えられるのではないか、同じ夢を持つ仲間とともに、あれこれ語らう南十字星輝く夜空は、希望に満ちておりました。しかし、このあとわずかな期間で、私は仲違いをして別の道を歩くことになったのです。
  きっかけは頸城のホジからでした。鉄道の廃線後、これらの車両が個人の元で保管されていることを、私は会社に問い合わせて知っていました。神戸の山中に居る。それを見ることだけを夢見ておりました。手紙を書き交渉をしました。これだけ熱い思いを書けば、きっと分かってくれる。そう思ったのですが、折り返しの電話は、「過去に部品を盗まれたので、誰にも見せてない。」では、また機会を見て、いつかとの私の言葉に、「もう迷惑だから、2度と電話しないでください。」と突き放すようなお言葉。いやぁ〜、きつい一発でした。それでもうどうすることもできず、月日だけが流れるのですが、ある時この団体の元に、オーナーがなくなり、ご子息から機関車を里帰りする話が持ち込まれます。それで複数の者が電話をすると、話がこじれるかもしれないので、各自動かないようにという連絡がきます。私も同意して、引き出す時を楽しみにと電話を切るのですが、結果としては、引き出しの現場には混乱を避けるため、一部の選ばれたメンバーのみで行われ、私には事後報告となったのでした。その時の私の落胆は計り知れなく、保管先のトンネルから眩しそうに出てくる車両を撮影することを夢見てきただけに、当時は裏切りにしか説明が聞こえず、私は仲間から距離を置いたのでした。若気の至りなのかもしれない。でもあの頃の私の思いは、とても熱かった。

昔の写真  8
by 管理人 at 2026/1/27(火) 17:53:11 No.20260127173435 コメント】  削除 引用
567 x 850 x 185,547バイト <この画像は大きいので別画面で表示します>
No.1
850 x 567 x 156,199バイト
No.2

850 x 567 x 164,414バイト
No.3
567 x 850 x 165,057バイト <この画像は大きいので別画面で表示します>
No.4


それで秋葉原の古書探し、図書館の資料漁り、などなど真剣に調べていくうちに、さらにDeepなものを見つけるんですよね。それが軽便鉄道、森林鉄道・町営軌道なんていういわゆる「ナロー」ってやつです。もうド・ストライクでした。寝ても覚めてもナローになりました。でもね、これがないんですよ。ほとんど廃線。手の届かないとこにいることを知るんですな。それでもあきらめきれず、かき集めようとするんですが、どんどんこぼれ落ちていくんですな。これが虚しくて悲しくて。生まれの遅さをどれほど恨んだことか。草軽は生まれる前だから、まだ仕方ないとしても。(でも1年前だけど・・・。)せめて井笠・頸城くらいは、間に合わなかったものかと。田舎がこの沿線の人なら、撮影は叶わなくても、見ることはできたのではと。運命は過酷だな。そんなことばかり考えておりました。思えば、EF57から私の撮影人生は、後手後手に回る後悔の連続でした。木曽森林にしても、私が北恵那鉄道廃線跡に行った頃、奥の方でまだ稼働車が何やら怪しく動いていたのを後から知ることになるし、何と言っても、助六のカットを見た時の衝撃ときたら・・・。手の届く、あとわずかなところで出会えなかった壮絶な光景に、私は悶絶する日々を過ごすのでした。
 あの代わりは今もなかったけれど、立山砂防とか、残っててくれてほんとよかった。
昔の写真  7
by 管理人 at 2026/1/27(火) 17:12:59 No.20260127165225 コメント】  削除 引用
850 x 567 x 91,631バイト
No.1
850 x 567 x 100,113バイト
No.2

それからというもの、国鉄を中心に撮影するのだけれど、家が京王線沿線だったこともあり、大手私鉄も撮った。生まれた頃が、国鉄は151系がデビューしたてだし、大手私鉄も東武DRC・小田急ロマンスカーなどが華々しくデビューしたてだったので、ウルトラシリーズやブースカでもたびたび出演し、さらにTVCMもやっていたので、憧れの的だった。特に小田急新宿駅は、山手線に向かって、ショーウィンドウのような、独特の窓の向こにロマンスカーを停めたので、それはそれはかっこよくて、親に乗りたいと熱望したものでした。
  ゴハチを夢中で撮り出した頃、親父方の一番歳の近い叔父さんが結婚して、その奥様が長野の人で、気さくな方で遊びに来いと呼んでくれる。ちょうどSLダイヤ情報で、長野電鉄特集があり、今から思えばこれも奇跡的なタイミングなのですが、これを持って長野入り。最後の活躍をする100・200・300・400・500・600系・あと定山渓からED5100・古典機ED5000あたりに、すっかり心奪われてしまうわけで、ここからローカル私鉄にもどっぷりはまり、調べ始めるんですな。
 この頃の秋葉原は、古本とはいえ、結構高くて、小遣いでは買えなくて、私はもっぱら図書館へ通いました。東武熊谷線なんか、存在すら知らなくて、分厚い社史で見つけて、当然過去の記録と思っていたら、まだ現役と知った時は嬉しくて、飛んで行きましたね。懐かしいです。
 以後、長野電鉄には足繁く通いました。いまでは形式も整理され、随分路線が少なくなりましたが、まだまだ魅力的な路線で、素敵です。最初の訪問でしか見られなかった400系、もっと撮りたかったなぁ〜。
昔の写真  6
by 管理人 at 2026/1/27(火) 16:31:56 No.20260127145948 コメント】  削除 引用
850 x 567 x 114,785バイト
No.1
567 x 850 x 171,929バイト <この画像は大きいので別画面で表示します>
No.2

142 x 96 x 11,155 bytes
No.3


EF57を 満足に撮れなかった自分にとって、デッキの短いEF15は、大好きではあったが、EF57に比べるとどうしても心満たされぬ思いがあった。まだEF59という存在があったが、瀬野はあまりに遠かった。そんな時、鉄道ファンのEF58レポートを見る。EF5861がキハ181の転属回送をひくというあれである。魅了された。なんども見たけど、それは事後報告であって、もう撮れない。その後もレポートによって、EF58大窓機の存在をやっと知るが、すでに大窓は61と66号のみという、当時のゴハチ全機撮ったという先輩方からは、鼻で笑われる存在であった。それでもロクイチが存在してくれたおかげで、こんな私でもあきらめず撮影に出かけることができた。初めは何ら情報もなく、怒られるのを覚悟しながら、電話をかけた。「あの・・・、ロクイチ動きませんか?」そんなショウモナイ電話に、「あっ? ちょっと待って。今日は1541レだね。」「えっ、列番だと私わからなくて・・・。」「う〜、ちょっと待ってね。東京駅何時何分ね。」「ありがとうございます。で、それは上野からくるんでしょうか?」万事、こんな感じのど素人な質問で、やっとこ手に入れた情報をもって、嬉々として出かけたものだった。
数ヶ月後、今度は新小安で撮影中、K原さんという方に出会う。この方怖そうなんだけど、とても優しい方で、素人の私に、初めてスジとか、運用とかの情報を提供してくれた恩人であった。それで世界がズドーンと開ける。運用を追うなんて思いもしなかった自分が、いただく情報で、いつ何番が来るのかわかるようになってきて、沿線に足繁く通うようになっていった。これが今の本格的撮り鉄はじめであった。
昔の写真  5
by 管理人 at 2026/1/27(火) 14:59:10 No.20260127135437 コメント】  削除 引用
638 x 850 x 109,852バイト <この画像は大きいので別画面で表示します>
No.1

草軽電気の資料を見返しているのだが、見つからない資料が多数。なさけない。特にプレスアイゼンバーンの肝心かなめがうもれてしまった。これだけはもうかなり前から探してるんだけど、当分出てきそうもない・・・。とほほ。
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