みんなの広場「こころのパレット」

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〈未来からの贈り物〉 引用
池見 隆雄 2018/5/21(月)15:05:50 No.20180521141936 削除
 今月11日、ネットを介して、一冊の本を注文した、
 正しく表記するなら妻に注文して貰った――私はネット音痴ゆえ。
 昭和46(1971)年だから、47年前の発刊。
 定価5千円ということは、今日ならば2万前後というところか。

 300年ほど前の我が国の人物についての、詳細極まる記録。
 資料蒐集の段階から数えるなら、出版に漕ぎつけるまで、
 少なくとも数十年を要している。
 もしかすると、その手間は、
 本居宣長の『古事記傳』に、おさおさ劣らないのではと思えるほどだ。

 ネット上であれ、よくも、
 出版部数の少ないこの本の出品があったことと嬉しかった。
 届くのは、1週間ほど先だという。


 その翌日と翌々日は、協会事務局を会場とする「フォーカシング」の研修会。
 2日目の最後のワークは、「未来の私に会いに行く」というもの。

 その私は、なすべきをなして、心身ともに、取分け心的に安定した日々を送っている。
 現在の私は、その私に会って種々質問することが許され、
 未来の私は、丁寧にそれに応じてくれ、
 別れ際には、今後の私の人生に意味深い何かを贈ってくれるという想定。

 リラックスして坐し、イメージでもっていわば幽体離脱し、
 協会の屋根を透過して空高く上って行く。
 高い高い空のとある一点に、未来(私は10年後を設定)の空へ通ずる門があり、
 それを開いて向こう側へ。

 やがて10年後の私の住む建物が眼下に望まれてくる――
 それは、毎年春の3泊グループの会場に当てさせて貰っている、
 カソリックの修道院併設の宿泊棟に、そっくりといっていいほど似寄っていた。

 そして、そちらの私は、
 神父さんが身に着けている履物に触れるくらい丈の長い修道服めいたものを着用している。
 但し、黒ではなく、象牙に通ずる幽かに黄色めいた白色。

 私には、質問事項というものがとくに思い浮かばず、
 向こうから問われることもなかった。
 また、未来の私の容貌も、輪郭さえ定かでない。

 辞去するに当たって私が手渡されたのは、一冊の部厚な書物。
 タイトルはと見れば、なんと私がその前々日、ネットから注文したのと同一であった。

 私は謝絶するのもためらわれ、仕方なくそのずっしりと重たいのを小脇に抱え、
 再び空へと上昇し始める。
 そして、往きと同じ経路を逆に辿って、
 協会のフロアに坐す、自分の今の身体に落着する。
 

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