みんなの広場「こころのパレット」

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〈業平(なりひら)〉 引用
池見 隆雄 2020/4/1(水)14:53:22 No.20200401140941 削除
 行きつけのバイク屋さんへ、自賠責の更新と後輪のタイヤ交換のため、
 仕事への道すがら立ち寄る。
 バイク通勤29年、
 この店への出入りはそれ以上ということになる。

 通常、店頭には私とほぼ同年輩のご主人と、
 40代と思われるスタッフが1名ないし2名。
 その一方は主人の長男さんで、私の長女と中学で同級生でもあった。

 私はこの店へ、タイヤへの空気の補充(バイク総体の点検を伴う)、
 オイル交換などの必要から、
 少なくも数ヶ月に一度は寄り道するのだが、
 ご主人その人との対面は、このときまで、それに倍する間が空いたように思う
 ――昨年の晩秋以来(?)

 ずい分痩せたと見受けられるので、そのままを表明すると、
 主人は自らの胸を指差しつつ、
 「ここに6センチの癌があるとです」。
 不意打を喰った形で、そのインパクトが思わず、
 「えっ」と口を衝(つ)いて出た。

 その後、他のスタッフがタイヤ交換に掛かっている20分ほど、
 彼我とも店先の椅子に腰を据えて、
 生死の臨界に棹(さお)差す気味合いの雑談を交わしたのだった。

 主人は昨年12月の半ば、肺癌を告知(余命1ヶ月)され、即入院。
 しかし、そのままでは抗癌剤治療に耐え得る体力が保持されないとて、
 現在は週に一度、病院(癌センター)へ、
 敢えて徒歩や自転車で通いつつ、
 その都度900ccもの抗癌剤の点滴を受けているとのこと。

 痩身はその治療のもたらす必然の随伴現象で、
 のみならず鍔(つば)付きの作業帽を取れば禿頭(とくとう)。
 シャッターを上下させるときなど思わずふらつきもすれば、
 血行不良のため手指始め身体の末梢の働きがままならない。

 寝床では取り分け腰部が居たたまれないほどに冷え、
 4度から6度も手洗いに立つことも余儀なくされるので寝た気になれない。
 食欲も湧かないし、強いて食物を口へ運んだとして味覚が損なわれている。

 こういった苦難の話題が尽きせぬ愚痴に堕する間際、
 「癌にやらなるもんじゃなか」
 この人らしい軽みでもって、私の胸中に風の通り道を蘇らせてくれた。

 それから、当今の新型コロナウイルス騒ぎへの好奇心、また脅威について、
 最近の福岡市内外の地価の高騰、
 既婚や否やを含む私の方の娘たちの生活ぶりについてと経巡り、
 「・・・葬式にやら誰も来とうなかでしょう、結婚式ならともかく。
  兄弟にもわたしの病気のことは言うとりません」
 「兄弟にもですか?」
 「家族葬にして、骨は家内と同じところに入れてくれるごと、
 (息子に)言うとります」。
                        (続く)

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