(以下の小文中の私の言動を不可解に思われないために、現在の境遇につき、2,3お断わりしておきたい。
@ 体調が優れず、昨年5月半ばから、仕事場―協会事務局で寝食している。
A 日頃、テレビ、ラジオは視聴せず、新聞も開かない。
スマホから得る情報も最小限、というかその方法を会得していない。
B 近距離ならバイク可。)
先週月曜夜から翌朝へかけ、福岡は、台風11号に見舞われた。
しかし、私は、耳栓を装着して就寝する癖があるため、
恐らくそれを主因として、暴風の雄叫びをほぼ全く聞いた覚えがない。
それに加え、南風であったのだけれど、私の就寝していたのは北向きの部屋、
また庭を挟んで南側に5階建てのマンションが建っているので、
それが風防の役目を果たしてもくれていたかもしれない。
午前6時前、起床して窓を開けると、目の前の公園の樹々が、大儀そうに梢を揺らせているのみで、
一見したところ、景観に前日との差異も認められず、私は、台風は逸(そ)れたものと合点した。
毎朝の散歩を見合わせなくてもよさそうだ、と服装を調え、庭から表門へ向かおうとするや否や、
目に捉え難いがたいほど細かな雨が肌に触れた。
この風の前に、傘をさすのはさすがに心許なく、室内での幾らかのヨーガを歩行に代える。
午前9時前にはその雨も止み、風も落ちたと見受けられたので、
スマホでクリニックの開くのを確認して、整形外科へ器具による頸椎の治療を受けに出掛ける。
顔なじみの看護師さんから、
「バイクで来ましたか? 」との問いへ首肯すると、
「チャレンジャー」と一驚される。 私は戸惑いつつ、
「風もなかったから」
クリニックから戻ったのが10時過ぎ、
午前11時半頃には、つい近所の、片手間の主婦一人で切り盛りしている、昼食のみの弁当店へ、
これへも、事前に、開店の有無確認の電話を入れて出かける
――日頃の弁当配達サービスが、台風に備えて休業だったため。
炊き立てのご飯を詰めながらその人が、
「夜明け前はしっかり吹きましたね」と。
想定外の言葉に打たれて、私の、「そうですか」から覇気が抜け落ちている。
「気付かれませんでした?! 」の追い討ちに、
「寝ていたと思います」 控え目な笑い声を立てられた。
看護師さんの、「(バイクで通院するなんて)チャレンジャー」なる発言も、
この主婦と共通の認識基盤に立ってのことだったろう
――風が弱まったようでも、まだまだ見くびれないくらいの目算はあり得ただろうから。
事実は、台風は、対馬付近を北上し、その間、福岡県も、すっぽり暴風圏に取り込まれ、
取り分け夜明け前には、瞬間最大風速34mを記録したのだ。
私はふと、折々、先頃他界した母が、
「台風が来ても、福岡からは逸れるもんな」と、ある種の優越感めいた口調で述懐していたのを思い起こす。
前例が少なくなかったとはいえ、その言には、
母の、生まれ育ち、生涯離れることのなかったこの土地、及び人々への愛着・執着がふんだんに込められていた。
「福岡」はいわば、絶対の味方を一人、失ったのだ。
――おばあちゃん(私の子供らが成長するにつれての、私の母への呼称)、
今度の台風も、一時、福岡へ暴風の触手を伸ばしはしたけれど、
直撃をためらい、取り立てて挙げるほどの被害は何もなかったよ。
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