みんなの広場「こころのパレット」

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〈翅(つばさ)を得て〉 引用
池見隆雄 2023/7/27(木)15:12:58 No.20230727142324 削除
 先月中の休日に、「八龍神社」に沿う農道を歩いていたとき、
 家内が、社殿の背後を囲う風雨除けのトタン上に、異なものを見つけた
 ――そこに貼りついた葉っぱが蠢(うごめ)いている(?)。
 近寄ってみれば、かつて見たことのないスケールの毛虫、
 体長15センチに及ぼうとするか。

 (数日後、三女がラインを通じて、
  我が国最大級の蛾、クスサンの幼虫と教えてくれた、
  予め写真をアップしていたので。)

 毛虫というと、おどろおどろしい、
 あるいは毒々しい体毛を思い描きがちかもしれないが、
 クスサンの幼虫については、身体が若草色一色で、
 長めの白い毛を、疎林を想わせる具合に背に負うているという穏当さ。

 それを言い換えれば、この虫は、
 毒物を分泌するといった攻撃的な防御態勢とは無縁と見て取れ、
 私は、その背に、指先で何度か触れさえした
 ――カサカサとした枯葉めいた手応えから、更なる穏やかさが得心される。

 虫の行動に、触れられたからといって、変化は認められず、
 しずしずと登攀(とうはん)を継続している。
 
 界隈を廻って同じ位置へ戻ってくると、
 彼は、トタンの上方、風通し目的の金網部分に到り着いていた。
 そこに取り付き、蛹(さなぎ)を経て羽化への過程を辿ろうとするのだろう。

 その日の空模様はといえば、
 重たげな灰、及び灰黒色の雲たちが空一面を領しており、
 とても散歩日和とは言いかねたが、
 何かしら漠然たる期待を抱いて出掛けて来たのだった。

 この界隈でいつも通りかかる家の庭に放されている柴犬が、
 だいぶ時間が開いても私たちを覚えていてくれ、
 尾を振りながら近寄ってくるのと柵越しに暫し交流し、
 クスサンの幼虫とも際会でき、
 おまけに時折、思いの外カラリとした涼風が、稲の頭を撫で渡して来る。

 家内が、
 「出かけて来てよかったね」と微笑む。
 私に、異存のあろうはずがない。


 それからほぼひと月後の今週の日曜日、
 今度も曇天下を、私たちは、「八龍さん」へ出かけた。
 散策の前に参拝するのが習慣だが、
 その日は、家内が先立って、まずは社殿の裏手へ回る。

 「あれよ、きっと蛹は」と彼女が見上げるところ、例の金網に、
 円筒形を想わせる白っぽいものが横ざまに付着している。
 「あの幼虫の蛹にしては小さいんじゃない? 」
 「蛹になると縮むし、脱け殻は乾燥してもっとね」
 私にもそれが、クスサンの幼虫の跡形とほぼ確信された。

 「無事に羽化できたんだね」
 「安心した」

 そのとき、羽化したクスサンが、日暮れどき一杯に翅を広げ、
 生涯の最終―完成段階へ向けて正に飛び立とうするさまが、
 眼前に髣髴(ほうふつ)されるのだった。

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