昔の写真  9
by 管理人 at 2026/1/27(火) 18:46:19 No.20260127180644  削除コメント
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それで高校生の頃、頸城と井笠のコッペルが、高校のすぐ近くの西武山口線で走っていることを知るんですが、この時もカメラ抱えて行った時には、台湾精糖からきたかなり大きめなコッペルに置き換わっていて、私は奇跡のチャンスを撮り逃すことになり、どん底に落ち込むわけです。失意の元、ローカル線に行ってはかき集めるカット、満たされぬ気持ち。そんな時、撮影地である趣味団体のF氏に会うんですな。彼は海外まで撮影する猛者で、その頃の私は国内にもう追い求める風景はないのではと思っていた頃なので、まるで神様が合わせてくれたようなF氏にすがることにして、無理やり有休代休をくっつけて、彼の海外行に同行することにしたんです。そこには夢のような世界が待っていました。厳密には日本の求める風景とは差異があるんですが、らっきょ煙突の西大寺もどきコッペルや、単端もどきDL、日野トラックのGL、ボールドウィンの木曽のようなSL、無火機関車、そうそうパシナも、鉄道以外にもDC3・コニー、夢にまで見ていた光景を現実のものとして捉えることができました。思えば、感謝しきれない数々のカットをものにしました。
 この仲間とならすごい夢が叶えられるのではないか、同じ夢を持つ仲間とともに、あれこれ語らう南十字星輝く夜空は、希望に満ちておりました。しかし、このあとわずかな期間で、私は仲違いをして別の道を歩くことになったのです。
  きっかけは頸城のホジからでした。鉄道の廃線後、これらの車両が個人の元で保管されていることを、私は会社に問い合わせて知っていました。神戸の山中に居る。それを見ることだけを夢見ておりました。手紙を書き交渉をしました。これだけ熱い思いを書けば、きっと分かってくれる。そう思ったのですが、折り返しの電話は、「過去に部品を盗まれたので、誰にも見せてない。」では、また機会を見て、いつかとの私の言葉に、「もう迷惑だから、2度と電話しないでください。」と突き放すようなお言葉。いやぁ&%2312316;、きつい一発でした。それでもうどうすることもできず、月日だけが流れるのですが、ある時この団体の元に、オーナーがなくなり、ご子息から機関車を里帰りする話が持ち込まれます。それで複数の者が電話をすると、話がこじれるかもしれないので、各自動かないようにという連絡がきます。私も同意して、引き出す時を楽しみにと電話を切るのですが、結果としては、引き出しの現場には混乱を避けるため、一部の選ばれたメンバーのみで行われ、私には事後報告となったのでした。その時の私の落胆は計り知れなく、保管先のトンネルから眩しそうに出てくる車両を撮影することを夢見てきただけに、当時は裏切りにしか説明が聞こえず、私は仲間から距離を置いたのでした。若気の至りなのかもしれない。でもあの頃の私の思いは、とても熱かった。


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