昔の写真  10
by 管理人 at 2026/1/27(火) 20:15:07 No.20260127193315  削除コメント
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と、ここまで人に言うことも憚れるような恥ずかしい話を書きつづったのは、掲示板が最後ということもあって古い写真を見ていたら、多様を避けてなるべく1回使用でしまいこんだ写真を、また使いたくなったことと、今こうして穏やかになった2023年の経緯を、筋立って書きたかったからなのであります。他人には単なる偶然でも、本人には極めて不思議な縁を感じることって、前述の鳥瞰図の本のことのようにあるんですよね。
 私の軽便への思いは、簡潔ではありますが、ここまでの経緯のように流れてきたわけで、かき集めた様々な資料・写真・経験によって、ピースの欠けたクロスワードのような風景ながら、結構それなりに絵がわかるようになったというか、それなりの満足感が出てきたわけです。でもまだ欲しい絵はあったわけで、それは極めて叙情的な日本の鉄道風景を写真にすることでした。
  臭い言い方ですが、幕末の志士たちが明治政府樹立という歴史の流れを作る中で、まるでそれを成すための歯車のごとく、流れを変えると流れ星のように消えていく様が、私には何か人間が誰かから使命を前もって与えられて生まれてくるような、面持ちを感じておりました。ほんとにちっちゃいちっちゃい使命なのですが、私はきっとこれを完結するために、この趣味を与えられたんだなと思ったことがありました。
  仲間から離れ、単独行動になった私は、相変わらず撮影に出ておりました。ある時、昔の友人のHPで頸城の夜間撮影会をした記事を見つけます。それは私が頸城の保存車を里帰りさせたら、真っ先にしたかったことで、人を集めれば撮影に応じると記載を見つけたものの、私にはもう募る中もわずかで足りませんでした。いつかはと思いつつ、あきらめかけ、延び延びにしていた頃、オリンパスの木曽森林ボールドウィン夜間撮影会の募集記事を見つけます。早速申し込んだものの、これは台風であえなく中止。また、悶々と日々を過ごします。その後、再度オリンパスにて秩父鉄道の撮影会記事を見つけます。秩父鉄道は以前JNRデフの時に行われたイベントに応募間に合わず締め切り、車庫外から撮影にしようと出かけ、ご覧のとおり便乗禁止の嫌がらせにあって、雰囲気だけ味わって終わるということがありました。「当日入れてくれれば、払うのにな・・・。」なんて思いながら、眺めていたもので、今回は自分の機材は使えないものの、応募することにしました。 
  これまで後手後手人生の顛末をあれこれ書きましたが、実は現役蒸機撮影も私は間に合いませんで、C57135による旅客最終列車を、指をくわえてTVで見ていた一人です。一つ上のいとこは、親父さんと一緒にそれを撮影に行っていて、境遇の違いをぐっとこらえていたのを思い出します。さらには貨物の最終日は、私の誕生日で、「なんて悲しい、誕生日だ・・・。」と嘆いてたものです。その後も、EF58でのSGバルブを切望するのですが、大したカットも撮れず、ゴハチはEG化されてしまい、私は磐越西線D51・北海道C623・梅小路機関車館と渡り歩いて、そして今回と、夜汽車のカットを追い求めたのでした。
 その時に偶然見つけたのです、「頸城鉄道夜間撮影ツアー」なる広告を。飛びついたのは言うまでもありません。

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