翠嵐6期生憩いの広場

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『明治天皇』を読む(31)
by かおる at 2020/9/23(水) 09:27:54 No.20200923080247  削除コメント

[第52章ロシアの東方進出]満洲をめぐっての露と清国の交渉は明治29年にあった。この時李鴻章は密かに清露同盟を結んで次のように定めて

いた。(1)日本が侵略した際は相互援助する(2)露の軍艦の清国港湾の使用を認める(3)満洲北部からウラジオストックまでの鉄道建設

を許可する。として、露も清国も日本を侵略者と見ている。明治30年11月に独が清国の膠州湾を占領する事件が起きた。この事件は山東省

西部の町で2人のドイツ人宣教師が殺されたので、独は上海にいた東洋艦隊の海兵隊が膠州湾全域を占領してしまった。数ヶ月後独は清国と

条約を結び膠州湾を99年間租借することになった(香港とおんなじか・・)この膠州湾占領に対して李鴻章は清露同盟に基づき露に清国の

旅順港を占拠することを要請した。露は望むところだった。旅順・大連港を租借し、南満州に鉄道を敷設する権利を取得した。露は今や長年

の夢だった太平洋に通じる不凍港を手に入れた。清国の申し入れにより露の小艦隊が旅順・大連港を占拠した際、ドイツのウイリアム2世は

ロシア皇帝ニコライ2世に次の言葉を送った。「日本人であれ英国人であれ、貴国の敵は今やドイツの敵であります。たとえ誰であれ貴方の

意図を邪魔するものは貴国の軍艦と並んでドイツの小艦隊を相手にするでしょう」と。この結果として明治35年2月に日本と英国は反露連合

のため日英同盟を結ぶことができた。

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