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若かりし頃の写真を見せられて、思い出すことが一杯ある。写真は東中3年生の時のクラス担任の大西先生(国語)からいただいた御守である。宅間電波高校の受験に失敗した時、先生に廊下に呼び出されて「入江君、1点足りなくて落ちることもあるんだからね!今度の丸高の試験では頑張りなさい。」と励まされたのを覚えている。丸高の同窓生で東中出身の諸君も、東中の大西先生は知っているはずだ。早大合格時に合格の報告に訪れた時の先生は、生まれたての赤ちゃんを抱いていて幸せオーラの塊のような家庭の主婦だった。その後、河口さんや多津さんが亡くなられたという事を聞き、「人は死ぬんだ」という事実を実感し、50歳前後から丸高の同窓会にも出席するように心がけた。その頃、村岡の憲ちゃんなどにお願いして、大西先生を囲む昼食会を競艇場の近くのホテルで開いてもらったが、その時に先生から頂いた御守りが写真の御守りだ。今も常にお財布に入れていて、自分に対する覚悟にしている。
久しぶりに昨年度の手帳を振り返って見ていると、大林希久子さんや村岡憲子ちゃんが亡くなったというメモ書きがあった。何処からの情報かは分からないが。もう実家も処分しているのだけれども、来年の4月末頃には一度丸亀に帰りたいと思っている。丸亀城にも上ってみたりして、亡くなった友人の事を忍んでみたいものだ。その時は、お城から見える広い瀬戸内海が心を癒してくれるだろう。
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