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私は銀行員時代にいろいろな経験をしました。筆力があれば小説が書けたのにと残念です。その内の一つを紹介します。
銀行員生活最後の店に「てんとう虫のサンバ」の作詞家がいました。「てんとう虫のサンバ」は昭和48年にチェリッシュが歌って大ヒットし、一時は結婚披露宴の定番曲でした。着任する前に先輩からあの店に「てんとう虫のサンバ」の作詞をした男がいるからよく面倒を見てくれと言われました。着任して会ってみると、長野県出身の高卒の冴えない風貌の四十近い男(仮称S)でした。あんな良い作詞をするのなら銀行を辞めて作詞に専念した方が良いのではないかと言うと、ただ笑っているだけでした。そのころ、第一勧業銀行行員で「シクラメンのかほり」他を作詞作曲した小椋佳がいましたので、誰もおかしいとは思いませんでした。そして、支店の職員の結婚式があると、司会者は必ず「この中に有名な「てんとう虫のサンバ」の作詞家さいとう大三氏がいます。一曲歌って貰いましょう。」というとやんやの喝采を浴び、その男が「てんとう虫のサンバ」を歌います。下手ですが、作詞家だからそんなものかと納得してか、大拍手です。三井銀行と合併直後だったので、新銀行の組合の歌を作る必要があり、Sに作詞の依頼があったと聞きました。
私は、その店に2年程いて取引先の会社に出向しました。ある日、帰宅すると神宮のNHK職員と名乗る人が来ました。記者だと直感したので、インターホンで話をしました。Sが取引先とトラブルを起こしていると言うのです。私は「真面目に仕事をしていて特に問題はなかった。」だけ答えました。そして、人事部の後輩に電話をして、SのことでNHKが来たので注意するように伝えました。それから1か月後にSと外部の人間数人が銀行の取引先に「良い投資先を紹介する。」と言って、数十億円を詐取した容疑で逮捕されました。取り調べの過程でSがさいとう大三であることがウソだと判明しました。真偽の程は分かりませんが、取り調べの刑事がSは良い奴だと言って、手錠を外して昼食に連れて行ったということを聴きました。Sがどんな刑に服したのか、新銀行の組合の歌がどうなったのかは聴いていません。
さいとう大三氏は西城秀樹の「傷だらけのローラ」美空ひばりの「裏町酒場」他438曲を作詞した大御所です。長野県ではなく、山梨県出身で高校卒業後地元で就職して作詞をしていました。売れ出してから東京に移り作詞家専業になったようです。その後、作詞家協会の専務理事にまでなった人ですが、マスコミには出ないのであまり人には知られていません。また、昭和60年当時はインターネットが普及していないので調べるすべもありませんでした。Sは何かの機会にさいとう大三氏のことを知り、境遇(地方出身、高卒)が似ているのでばれないと思いなりすましたのでしょうか。
銀行に入って以来、二十年以上に亘り、銀行、銀行の仲間、取引先を欺し続けたのです。これは作り話ではありません。現実にあった話です。
Sの詐取したお金は銀行が全て弁償しました。私の知る限りでは、銀行員が犯罪を犯して事前に分かった場合、警察と連携、内密に調査をし、全容解明して取引先に迷惑をかけない対策をした後、マスコミ発表と逮捕を同時に行うよう努力していました。
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