江別神社「宮司の独りよがり」

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血圧上昇 引用
江別神社宮司 2022/3/2(水)15:40:55 No.20220302154027 削除
 年が改まって大雪やらオリンピックの高梨の悲劇やら
間違って爺さんの心臓の薬を飲んだというドーピングやら
ロシアの侵略やら、ストレスのたまることばかりですっかり血圧が上がり、
更には晩酌の酒量が増えたことを師に報告いたしましたら
「自分の健康管理をもっとちゃんとしなさい」と指導を受けました。


 ネットのニュースでウクライナ大使館で義援金を集めていると知り、
僅かばかりですが早速振り込んできました。


三菱UFJ 銀行
広尾支店 047
普通
口座番号0972597
エンバシーオブウクライナ

今日から3月 引用
江別神社宮司 2022/3/1(火)06:30:39 No.20220301062652 削除
やっと三月になりました。
まだなかなか春の実感はわきませんが、様々な意味で早く春が訪れて欲しいものです。

ロシア(ソ連)について、記憶していることを並べてみました。


@近代以降、ロシアは不凍港を求めて南下政策をとってきた。

アジアで手に入れたかったのが朝鮮半島、遼東半島、そして日本列島。

そのため日本が日清戦争で割譲させた遼東半島を、三国干渉して中国に返還させた。


Aロシアにとって絶対に負けるはずがないと信じて戦った日露戦争で、東郷平八郎率いる日本艦隊にバルチック艦隊が
撃破され敗戦した。

大国ロシアが世界に誇るバルチック艦隊を、極東の小国である日本に撃破された恨みを彼らは今でも決して
忘れていない。

B日本の敗戦が濃厚になってきた昭和20年2月に開かれたクリミア会談(ヤルタ会談)で
ソ連のスターリンは北海道地図の留萌から釧路に斜線をひき、その北側をソ連に割譲するよう求めた。

アメリカとイギリスに猛反対されて諦めざるを得なかったが、千島への参戦を認めさせる密約をかわした。

Cソ連共産党はゾルゲをはじめとする諜報スパイを日本に送り込み、日本が北上してソ連に参戦しないよう
働きかけた。
その中には日本人である元朝日新聞社の尾崎秀実も政権の中枢に紛れて諜報活動をしていた。

D大東亜戦争勃発直前の昭和16年、当時日本の外交官であった松岡洋右が電撃的に
  ソ連との間に「日ソ不可侵条約」を締結した。

にもかかわらずソ連は昭和20年8月9日、この国際条約を一方的に破棄して千島列島に攻め入り占拠し、
今に至っている。


E日本がポツダム宣言を受諾し降伏したあとの8月20日、樺太からの疎開船である小笠原丸他2隻の船を
ソ連潜水艦が魚雷で撃沈し、1700名以上の日本人民間人を殺した。

(三船殉難事件)

この時海面に投げ出された日本人をソ連潜水艦は浮上して機銃掃射し、海面は血の海となった。

F現在ロシアが実効支配している日本の領土千島列島には、既にロシアの地対艦ミサイルが配備されている。

射程距離500qと言われているので北海道全土は勿論のこと東北位までは狙われている。


今回のウクライナ侵略で明らかにされたが、ロシアのミサイル配備は決して脅しだけではなく、
実際に打ち込む意思があるということ。

もう100年以上も前からロシアは北海道の港を狙っている。

私のような年寄りがその気になっても足手まといにしかならないことは重々承知の上で、もしロシアが攻めてきたら
家族を守るために、江別を守るために私は闘う、命を懸けて闘う。

子供達が泣いたり、悲しんだり苦しむような姿が映し出されると涙ぐんでしまいます。

蛮行は決して許されない。

包丁 引用
江別神社宮司 2022/2/12(土)13:04:38 No.20220212130300 削除
 やっと一年中で最も時間に余裕のある時期を迎えましたが、ほぼ毎日の除雪作業のせいでしょうか
何にもやる気が起きません。

「読書に浸る」のをあんなに楽しみにしていたのに、全然読む気になれません。

外出もできないし、室内で出来る何かに挑戦しようと思って始めたのが
「包丁研ぎ」です。

社務所にある包丁は全てK多さんのお世話になっておりますが、以前私が
「包丁を研いでみたい」と言うと、K多さんに
「社務所の包丁は俺が研ぐから、宮司はそんなことしなくていい」と指導を受けました。

でもやっぱりやってみたくて「包丁研ぎ」を始めました。

例え失敗して包丁の刃をダメにしてもK多さんに頼んで直してもらえばいいので
けっこう気楽に研ぎ始めました。

毎日研いで1週間が経ち、結構うまくなってきたと思います。

先ほど研いだ刃先を指でなぞっていましたら、指を切ってしまいました。

「けっこう鋭く研げるようになったな」と血がにじむ指を眺めてニンマリしております。


:どうも調子が悪くて写真が貼れません。

千歳川堤防改修工事 引用
江別神社宮司 2022/1/25(火)08:25:43 No.20220125082148 削除
 今から7年前の平成27年の秋に北海道開発局の要請により、この地域の自治会長が集まり
堤防の改修工事が必要であるとの説明を受けました。

私はこの提案を聞いた瞬間から、この改修工事が単なる堤防工事に終わらず
地元住民が楽しめて尚且つ経済的付加価値のある施設にして欲しいと希望を抱きました。

昨日開催された「江別市かわまちづくり協議会」に出席して参りましたが、
「やっとここまで来たか」という感じで先が見えて参りました。

私の協議会委員の任期は3月31日ですので、ここで退任となりますが
何年か先に竣工を迎えた暁には高級シャンパン(頂きものですが)をあけて祝おうかと
思っています。

それまでは元気で生きていたいと願っております。

・なんだかよく分からないのですが画像添付が出来ません。
 悪しからず。

1091 引用
江別神社宮司 2021/10/7(木)13:35:36 No.20211007133509 削除
 昨日は久方ぶりにお休みを頂き、S路神社のM宮司さんとリハビリを兼ねて、
川へ心の洗濯に行ってきました。

 どこからでも熊が出てきそうな渓流ですが、物凄いポイントを発見いたし
ました。

20p〜28pくらいの虹鱒ちゃんが、1時間半くらいずっと釣れ続けるのです。

二人で50尾くらいも釣ったでしょうか。

もう飽きちゃってポイントを替えたくらいです。

 こんな時に、早世したT歳神社のKちゃんが一緒なら、
3人でもっと百倍も楽しかったな、と思いました。



※画像は相変わらず貼れません。
Re: 1091 (返信1) 引用
江別神社宮司 2021/10/7(木)15:45:23 No.ejinjya-20211007133509.1 削除
ちなみに「1091」とは「入れ食い」と読みます。

明治神宮 遥拝堂 引用
江別神社宮司 2021/10/5(火)12:54:38 No.20211005123906 削除
 昨日の午後、一人の女性が参拝後社務所に立ち寄られました。

その方の垢抜けした服装と醸し出す雰囲気が何となく「普通の女性」ではなく
「どこかでお会いしたことがあるかな」と思っておりましたら、サーカスという
音楽グループのボーカルの一員でした。

3〜4年前に札幌でのコンサート後の自由時間に、目的地も決めずにぶらっと
JRの乗り江別に着き車窓から鳥居が見えたので、江別駅で降りてお参りに
来たのだ、と仰っておりました。

その時に、鳥居をくぐったとたんに「霊気」を感じたと言い、コンサートで
全国を回り、その時々に地元の神社を参拝するが「霊気」を感じたのは
久々だと感想を述べておりました。

今回は二回目の参拝になります。

そしてこのお方の「ただ者ではない」ところは、初めての参拝時に二の鳥居の横の
灯篭に刻まれている「明治神宮 江別遥拝堂」の文字に気がついたことです。

ただの「神社フリーク」ではありません。

正直に言って、ここで産湯につかい、ここで育ち、宮司職にある私なのに
彼女に「明治神宮とは何か関係がおありなのですか」と問われるまで
遥拝堂のことは知りませんでした。

本当に「バカタレ」の私です。

明治神宮は大正時代に建立され、きっと江別でも多くの人々がお参りを望んだでしょうが
現在のような交通事情ではありませんので、灯篭を遥拝用に建てたのだと思います。

明治神宮にお参りしたいという「当時の方々の思い」が伝わってきます。


 この日は夕方に整形外科へ行って、膝・肩・肘に合計5本の注射を打っていただく
予定でしたので、江別でのコンサートにはお誘いいただいたにも関わらず、
行くことが叶いませんでした。

次回には参りたいと思っています。



・PCの調子が今いちで写真をUP出来ませんでした。

椎間板ヘルニア 引用
江別神社宮司 2021/6/21(月)20:27:16 No.20210621202633 削除
 実は先月の下旬からずっと体調が思わしくありません。

検査の結果は「椎間板ヘルニア」とのことです。

左下半身が痛くて、酷い時は歩くことも立っていることも出来ません。

この間、掛かり付けの整形外科で治療しておりましたが、この度札幌の病院へ紹介して
頂くことになりました。

この痛みから早く解放されたいので医師から手術と言われれば、そうしようと
思っております。

暫くの間、ご面倒をお掛け致しますが容赦ください。

ガングロ様 引用
江別神社宮司 2021/5/28(金)16:24:07 No.20210528162347 削除
もう相当以前に「ガングロ」と呼ばれるギャルが流行したことがある。

顔に黒っぽいファンデーションを塗り、目のまわりに白い線を入れる、
まるでニューギニア高地人のようだ。

そんな彼女たちが渋谷や原宿の街中を徘徊する姿をテレビで眺めていたものだが、
特段の感想などはなかった。

 ところがある日、テレビでしかお目にかかったことのない「ガングロギャル」二名が
江別神社にやって来たのだ。

そして社務所でお守りを物色している。

いわゆる普通の身につける肌守りを指さして
ギャルが「これは何のお守りですか?」と尋ねるので「肌守りです」と答えると
「わー進っんでるー」「お肌を守ってくれるお守りって、あるんだ」とうけた。

ギャルたちの明るく朗らかで屈託なく笑う姿に、女房も私もあっ気にとられたが、
彼女たちは礼儀正しく、生意気でツッパった感じは全くなかった。

当時流行中のガングロギャルが何故、こんな田舎の神社にお参りに来たのか不思議で
ならなかったが、本物のガングロギャルにお目にかかれた新鮮な経験は今も忘れない。


 それからまた暫くして女房と二人で上京し、ホテルのエレベーターに乗った時、
一人のガングロギャルが駆け込んできた。

そしてエレベーターの戸が閉まり始めた時、今度は外国人が飛び込んできた。

白人の外国人はエレベーターの戸を開けたギャルに「サンキュー」と礼を言ったあと、
英語で何か話しかけ始めたが、私には全然聞き取れない。

するとギャルはとても流暢で早口の英語で受け答えしているではないか。


 「人は見かけによらないものだ」「人を外見で判断してはいけない」
何度も耳にした言葉であるが、この時ほどそれが身に染みたことはなかった。

 ガングロギャルの風体からは「ちょっとイカれた娘」というイメージしか浮かばな
かったが、もうこの彼女は「ガングロ様」とお呼びするしかない。


我が人生で通算三人のガングロギャルに遭遇した。

どの娘も外見とは違って、ちゃんと挨拶のできる常識ある「ガングロ様」たちであった。     


今頃は中年のおばさんに成長されているだろうが、母となり我が子に
「人間の本質を見極められるような躾」を施されているのではないだろうか。

バレンタイン事件 引用
江別神社宮司 2021/2/15(月)08:32:42 No.20210215074605 削除
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No.1
  昨日は「バレンタインデー」でした。

こんなジジイにもいくつかチョコレートが届けられて、嬉しい思いをいたしました。

小生よりも喜んだのは、もちろん女房です。

「バレンタインデー」といえば、高校時代に生まれて初めてチョコレートを
頂きました。

その思い出を拙著に掲載したしましたが、この欄にも載せようと思いました。



・バレンタイン事件

あの日の朝、E別高校普通科に通う17歳のオレは、この日がバレンタインデーであることなどすっかり忘れて、
いつもように学校へ向かった。

玄関で目線よりも少し上の自分の下駄箱を開けると、突然「何か」がオレを襲った。

「何か」はオレの額に当たって、床に落ちた。

額に指をあてると、少し血がついていた。

床にある「何か」に目をやると、それはチョコレートの箱だった。

チョコレート箱には手紙が添えられてあった。

「誰だろう?」オレの胸はドックン、ドックンと高鳴った。

しかしすぐに現実の状況を把握もした。

こんなところを口の軽いクラスメートなんかに見られたら、どれ程からかわれるか分からない。

さいわい周りには誰もいなかった。

オレはすぐさまチョコレートと手紙を征服のポケットに押し込み、教室へ入った。

落ち着かない1時間目の授業が終わってトイレへ駆け込んだ。

手紙を開けてみると、オレと同じ2年生のS業科に通う彼女からのもので、内容は
「以前から好きだった、付き合ってほしい」ときれいな文字で書いてあった。

当時、オレの目線に入ってきている娘だったので、ある意味合点がいった。

何日かして「会って欲しい」と連絡があった。

放課後の薄暗い廊下で、初めて彼女と口をきいた。

何を話したかはよく覚えていない。

緊張して舞い上がっていたのと、これからどうすればいいのか迷っていたので、多分訳の分からないことを
口走っていたはずだ。

17歳の高校生の初々しいはずのデート、お互いの思いが伝わらないもどかしさが残った。

彼女の足元に当たった西陽、そこだけが赤く輝いていた。

あの時オレが欣喜したのはバレンタインデーに誰かからチョコレートを貰ったと言ことに対してであって、
彼女の思いに対してではなかったのだろう。

多分、オレは彼女と真剣に付き合う気持ちはなかったのだ、と思う。

しばらくの間、彼女とは交際している様なしていない様な中途半端な日々が続いた。

そんなある日の放課後、前庭で中学時代からの友人と話をしていると、我々の横を彼女が
通り過ぎた。

彼女はオレに?我々に?一瞥して足早に校門をくぐった。

友人は彼女を見つけるなり「アイツS業科のMというんだ。俺、アイツと付き合いたいと思っている」と
言った。

オレは「彼女はオレと付き合っている」とは言い切れず黙っていた。


秋になって、卒業アルバムの制作委員会が行われた。

製作委員は各クラスから2名が選ばれ、オレのクラスからは男子と女子、彼女のクラスからは上司2名が
委員となっていた。

委員でもないオレは彼女が彼女のクラスの委員であるとは全く知らずに、どういう訳か
第1回の委員会に出席した。

オレのクラスは「委員決め」などということに関して、極めていい加減なクラスだったのだ。

委員会でのオレは彼女に対して冷たかった。

オレのクラスから選ばれたもう一人のお喋りな女子に、彼女とオレのことは絶対に知られたくなかった。

彼女に対し「知らんぷり」を押し通し、とうとう一言も口を利かなかった。

煮え切れない態度のオレに愛想をつかしたのか、オレの友人と付き合い始めたのかは知らない。

彼女の進路も確かめないまま高校を卒業したオレは浪人生活を送ることとなった。

青りんごのような甘酸っぱい香り漂う、青春の1ページが幕を閉じた。


訃報 引用
江別神社宮司 2021/1/14(木)22:16:16 No.20210114214903 削除
 先日、同職で24歳年下の畏友が早世いたしました。

彼は昨年12月下旬に武漢ウイルスに罹患しましたが、2週間ほどで陰性になり
このウイルスを克服しました。

しかしウイルスの検査中に別の重篤な病気が見つかり、ウイルス陰性後はこの病魔と
闘っておりました。

 メールでやり取りして私が「絶対に病魔に負けるなよ!」と送信すると
「必ず復帰します」と返事が返ってきていました。

それなのに病状が急変して、あっと言うまにこの世を去りました。  


 彼が神主になりたての頃、神社庁の総会後の懇親会で、私に酒のお酌に来て
「自分が神主をやっている意義が見出せません」と申しました。

私は「何でそんなこと俺に聞くんだ」と申すと、彼は「内田さんは自分と同じ匂いがする」
と申すではありませんか。

「コイツは面白い男だな」と感じながら付き合いが始まりました。

「意義だの何だのと余計なことをグダグダ考えず黙って3年間宮司さんの言うことを聞いて
神主をやりなさい」「そうすればきっと何かが見えて来る筈だから」

そう言って彼を励ましました。

 その後、彼は自分の神社に「神輿会」作りたいと申すので「全面的に何でも応援するぞ」と言い
一緒に活動を始めました。

お互いに「出稽古」したり、家族バーキューで騒いだり、もう本当に仲良しの神輿会になりました。

彼には「組織が大きくなればなったで、いろいろ問題が出てくるだろうけれど、
決して目を離すな、神輿会の方々とはいっつも一緒にいろ、とアドバイスしておりました。

そんな風に「お互い神輿を盛り上げよう」と頑張っていたのに、どうしてこんなに
残酷で悲しいことが起こるのでしょうか。

悔しくて腹が立って悲しくて溜まりません。

訃報を頂いた夜は、泣いても泣いても涙が溢れ、彼の優しい顔が浮かび上がりました。

 どうしても彼の死が受け入れられず、納得が出来ず、翌日彼に会いに行きました。

黄色くなった顔を見て、またひとしきり泣いて、やっと彼がもう死んだことを受け入れました。

夢枕にも二日連続で登場してくれました、あの世で元気な姿で笑っておりましたので、何だか安心しました。

私も多くの持病を抱えて、それでも何とか騙し騙し頑張って生きているのに、彼が余りにも
あっさりと我々を捨てて逝ってしまうと、何だかこっちまで生きるのが面倒臭くなってきます。

 令和3年も悲しい幕開けです。

辛く悲しいですが、命あるうちは前進するしかないのですね。



信じられません (返信1) 引用
大樹 2021/1/14(木)23:07:33 No.ejinjya-20210114214903.1 削除
江別出身です。宮司さんのつぶやきを時々読ませていただくのを楽しみにしていました。

どなたのことか、わかってしまいました・・・
つい先日まで元気にやり取りをさせていただいていたので本当に信じられません。

勤務している会社が近所にある縁で、昨年7月ころからお付き合いをさせていただいておりました。

今の会社に勤務してから初めて担当させていただいたのが「彼」でしたが、拙い案内だったにもかかわらず本当に助けていただきました。
地元のこと、神社のこと、神職さんたちのこと(江別神社の宮司さんも登場していました)、神輿会のこと、兄弟たちのことを色々とお話ししました。
大変温厚な方でした。とても短いお付き合いでしたが、会社のスタッフ全員にとってかけがえのない大切な方でした。

本当にまだ信じられません。年末年始は忙しいだろうからと、本日夕刻に年始のご挨拶に伺い、そこで訃報をしりました。
すっかり取り乱してしまい、まともな対応もできませんでしたが改めてお別れに伺えたら・・・
そう考えております。

代替わりもあり、ようやく落ち着いてきたとおっしゃっていた矢先に・・・
御霊の平安を心よりお祈りいたします。

Re: 訃報 (返信2) 引用
江別神社宮司 2021/1/15(金)10:55:15 No.ejinjya-20210114214903.2 削除
絶対に復帰すると信じておりましたので、本当にショックです。

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