みんなの広場「こころのパレット」

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〈いつまでも〉 引用
池見隆雄 2023/1/25(水)15:29:20 No.20230125150156 削除
 ここ一年数ヶ月ほど、私は、仕事場からバイクで程近い、「〇〇外科・整形外科」へ、
 頸椎変形の症状で通っている。
 この症状が自覚されてから優に10年を超しており、
 この医院は同科の三ヶ所目なのだが、ちょっとやそっと快方へ向かわない。

 昨年末、年内最後にこの医院を訪れ、牽引や電気治療を受けた後、
 支払いのため待合室に控えていたところ、
 図らずもBGMが私の聴覚をノックしてきた。
 ここのそれは、常に、ごく控え目の音量を与えられたクラシックのピアノ独奏曲。

 突発性難聴を抱えて、そういった小音量の楽音へさえひどく拒否的に鋭敏で、
 まして騒音となれば・・・ 
 それら外部からの音響が、
 萎え気味の聴覚への更なる負担となるとの強迫的な怯えに支配されがちなのだ。

 それまで、病院のBGMへ対しても、それがないかのように意識を働かせていた。
 その構えが治療後の心地良さによってふと弛んだとき、
 音楽の微風が、私の聴覚、
 というよりそれを待ち望んできた、私の心の一点に懸かるエオリアン・ハープ(風琴)の弦を掻き撫で、
 その波動が忽ちに胸中を一杯に満たし、目頭を熱くさせた。

 久方ぶりの音楽の到来。
 個々の事物が自然の内に存在するように、
 音楽も自然の内にある秩序を保って存在し、
 こちら側の受容する条件が調うのを待っていてくれる、いつまでも。

 音楽も私も、いつまでも存在し続ける。

〈二女をダシに・・・〉 引用
池見隆雄 2023/1/5(木)14:48:48 No.20230105135704 削除
 昨年12月30日、二女の〇回目の誕生日。
 ケーキにろうそくは立ててくれるな、と本人からの要望。
 彼女は、幼少早期から読書好きだったので、今回も、私からの主たるプレゼントは本。

 今回は二種、ジェーン・オースティンの『ノーサンガー・アビー』と・・・
 あと一冊がなかなか思い付かず、誕生日の4,5日前にやっと、
 セルマ・ラーゲルレーヴの『キリスト伝説集』に落ち着く。

 オースティンは、高校生のとき、私の蔵書の内から『高慢と偏見』に親しんで以来、
 彼女のお気に入り。
 昨年も、同作者の『マンスフィールド・パーク』を選んだ。

 ――仮に二女にとってそれらの作が既読だったとしても、
 忘れっぽいという素質に恵まれているので、
 ほぼ初見として楽しんで貰えるという安心感がある。

 ところで、ラーゲルレーヴといっても、ご存知の方は少数者かもしれないと思う。
 『ニルスの不思議な旅』の作者といえばお分かりだろうか?
 この作は、曾ての二女の最大の愛読書の一つで、現在も、その三冊本が、我が家の書棚に並んでいる。

 『キリスト伝説集』を選んだ動機の一方は、『ニルス・・』に基づく彼女の好尚への判断。
 もう一方は、私自身が、学生時代にそれを文庫で手に取ったときの、
 いまだに色あせない意外性と清々しさの入り交じる、独特の趣向の享受を、
 二女に引き継いで貰えればという、少なからぬ自分本位。

 なお、ラーゲルレーヴについて記せば、この人は、スウェーデン生まれの女流作家で、
 1909年度のノーベル文学賞の受賞者――初のスウェーデン人、及び女性ノーベル賞受賞者でもある。
 大変早熟な人だったらしく、10歳にして聖書全篇を読み抜いたという。
 垢抜けた装丁のキリスト教系の出版社から出ているその作の、
 読後感を聞かせて欲しいと二女に要請している。

 昨年9月下旬の私の誕生プレゼントとして、二女の方も、書籍を贈ってくれた。
 ナラティヴセラピーの入門書と、『言語の中動態・思考の中動態』。
 これらは、私の方からリクエストしたのだ。どちらも、私の仕事への参考書として。
 こちらへ貰う方はむろん、贈る方の書目も、
 私の場合、先に記したように、けっこう自分本位だ。
 それをやんわり受け止めてくれる鷹揚(おうよう)さが、彼女には具わっているようだ。

 彼女と愛犬のエル(トイプードル、7歳、男の子)、そして私たち夫婦とで、
 ときどき山歩きを楽しむ。
 ――彼女が、「エルも寿命の半分」と洩らしたことがある
   (エルのような小型犬の寿命は、15歳くらいと見込まれているらしい)。

 この日常的な一コマも、いつかは懐かしい思い出になる、
 そうに違いなかろうが、臆せずより真実へ目を転ずれば、
 今日この日、この一日への没頭にこそ、“永遠”が影を落とす。
 具体に即していわば、
 歳を重ねる(変化する)エルとともに、7年前、昨日、明日も、普遍の彼が存在する。
 ――存在することそのことが、私たち存在者の本質。

〈文 鳥〉 引用
池見隆雄 2022/12/21(水)15:10:16 No.20221221142532 削除
 サスケ(文鳥・女の子)と遊んでやっているつもりでいたが、
 逆に、自分の方が遊ばれていたのかも、と家内が漏らす。

 例えば、サスケが家内の右膝の上へ来たとする。
 家内は反対側の膝を掌で叩く、するとサスケはそちらへ跳び移る。
 またその反対側が叩かれれば彼女はそちらへ、無心気に。
 
 何セットかそれらが反復された後で、家内は異なるエクササイズを挿入する――胸を叩く。
 サスケもそれに応じる。
 今度は、左右の膝の間に胸という三角が、何セットが継続されるわけだ。

 そこへきて、家内が、元のように、左右の膝間の平行移動を促すべく手を操ると、
 サスケが動作を止め、
 「なんで? 」と不審げな目の色で家内を見上げたという。

 そのことから推測されるのは、
 サスケの行動は、決して、家内の手の動きへの条件反射でなく、
 その構図をもイメージしながらであるらしい、ということ。
 別言すれば、家内の、自分を試みようとの意図を、小癪(こしゃく)がりながら。

 更に推測を重ねれば、
 家内の意図に「合わせてやるか…(喜ぶだろうから)」という遊び心も持ち合わせている。
 それを元の単純な左右の動きへ戻された日には、
 鳥(サスケ)としてのプライドが傷つくのかもしれない。

 彼女は、そんなふうに、
 私たちとの様々な関係のありようを、俯瞰的に把握しているかもしれないのだ。
 確かに、そう想われる節が、種々の場面で認められる。

 彼女は現在2歳と2ヶ月。
 この秋には初の産卵も経験している立派な成鳥である。

 序でに記しておけば、産卵がいたく負担だったらしく、
 生死に関わるかの容態を呈したので、家内が病院を受診させたところ、
 体力消耗につけ込んでメガバクテリアが大量に発生していると発覚。
 抗生物質と栄養剤とが処方された。
 
 点眼薬の容器めいたそれから、小鳥に薬剤を含ませるのが容易(たやす)くないことは、
 想像に余りある。
 しかし家内は、サスケ以前の二羽の文鳥を手塩にかけた経緯があり、
 サスケを捕えた手の指でその嘴をこじ開け、首尾よく目的を果たすことができた。
 サスケは4,5日で倍旧の元気さを取り戻した。

 彼女が、私たち、取り分け家内の存在を切実に必要としているのは言をまたないが、
 私たちについてもそれは相当程度妥当し、
 あたかもその相互関係のマスコットであるかのように、彼我の遊び心が発現してくるのかもしれない
 ――それは、「中動態的プロセス」にも準(なぞら)えられようか。


 ところで、私は、漱石晩年の随筆集『硝子戸の中』を、長年、愛好してきたが、
 比較的初期の作では、
 中篇、『文鳥』が、蜘蛛の糸に貫かれた雨滴を想わせる、透徹した光彩を放つ。
 

〈一 言A〉 引用
池見隆雄 2022/12/15(木)14:10:19 No.20221215140650 削除
 真の認識は 必ず 喜びの感情を伴う。

 故に、
 
 悪しき感情(欲望)に 煩わされることがない。

〈一 言〉 引用
池見隆雄 2022/12/14(水)15:27:32 No.20221214152513 削除
 喜びを 感ずる機会が 増すと

   自分の 進む道が 定まってくる

〈Uさんへの返信 A〉 引用
池見隆雄 2022/12/7(水)15:25:08 No.20221207145242 削除
 Uさんの返信への直接の応答にはなり得ませんが、
 次のようなことを述べたくなりました。

 私も、國分功一郎さんの『スピノザ』(岩波新書)を先週金曜日に入手し、
 読み始めているところです。
 Uさんの返信中にその書への言及が見られたのも動機の一つですが、
 前に、同著者の『中動態の世界』、『はじめてのスピノザ』、『スピノザの方法』に
 馴染んでいたからということもあります。
 それらから、スピノザその人の著書、就中『エチカ』へのけっこうな追い風を受けましたから。

 さて、『スピノザ』を入手した翌々日でしたか、それを開きつつ、ふと、
 「わが国で、スピノザの全集というものは出版されていないのだろうか」
 と思い立ったわけでした。
 グーグルで検索したところが、岩波の今年の新企画として、スピノザ全集が予約出版されるとあり、
 何とその第1回配本(『エチカ』)が今月20日だというのでした。

 私は少々興奮を覚えました、どういう興奮か?――縁を感じるとでもいいましょうか。
 実は私は、50年以上も前に、書店の店頭で、
 スピノザの初期の著述『知性改善論』の薄っぺらな文庫本を見出し(当時50円でした)、
 これくらいの分量なら哲学書でも読み通せる、と求めたのです。

 論理の道筋に添って行くのは、私にとって至難ながら、
 論述以前といいますか、そもそもその著述に手を染めたスピノザという人は、
 何か確かなものを会得しているとの直観めいた感動に促されて、
 最後まで読み通すことができました――尤も、その著述自体は未完の作なのですが。

 それ以来、スピノザは、私の内面世界の一隅に居を構えており、
 國分さんの『中動態の世界』第8章が呼び水となって、
 俄然、脚光を浴びることになりました。

 スピノザ関連の書物の他、私は、繰り返し主著、『エチカ』を取り上げていますが、
 今度は、國分さんの『スピノザ』をきっかけに、
 この哲学者の他の著作へも目を向けることになりそうな雲行きです。

 尤も、私のスピノザへの関心の源を突き詰めると、
 彼が若年、“神即ち自然”を悟達した、その事実への観入ということで、
 これと、禅の公案、「肘、外へ曲がらず」とは無縁ではなかろうと見当を付けています。

〈Uさんへの返信〉 引用
池見隆雄 2022/11/25(金)14:20:43 No.20221125140816 削除
 Uさん、お久し振り。返信、ありがとうございます。
 國分さんやドゥルーズを読まれているし、
 今日までだいぶ哲学書に親しんでも来られてるわけですから、
 今すぐにでもスピノザ自身の著作を手に取ることは、十分に可能でしょう。

 確かに、“異質”性はあるかと思いますが、
 それはまたUさんが続けられていたテーラワーダ仏教の瞑想へも通ずるのではないでしょうか?
 ぎりぎりまで、徹底して論理的で、最後は、
 國分さんの表現を借りれば、「自己変容」ですもんね。

 昨朝、『エチカ』のある一節を読みながら、
 鈴木大拙さんが、その著書の中で言及されている、
 「肘、外へ曲がらず」との公案へのヒントが得られたように思いました。
 何となくそれが、けっこうな月日、私の心に懸かっていたのです。

 報道によると、そちらの方は、寒気が厳しいようです。
 くれぐれも自愛願います。

 近頃も、天体を望見していますか?
返信(2)を読む 最新返信日:2022/12/5(月)22:28:47

〈引 用〉 引用
池見隆雄 2022/10/14(金)15:13:34 No.20221014145458 削除
 スピノザの主著、『エチカ』中でも、
 表現として比較的分かりやすく、
 しかも、何となく鼓舞され心に残る箇所を、
 取り敢えず一つ、以下に引用してみよう、

 「しかし、人間の能力は、きわめて制限されているものであり、
  また外部の原因の力によってかぎりなく凌駕されている。
  したがってわれわれは、
  われわれの外にあるものを自分たちの使途に適合させるほどの絶対的な力をもちあわせない。
  
  だが、たとえわれわれの利益を考量したいという欲求に対立するものが生じても、
  われわれは、自分たちの責務を果たしたこと、
  われわれの力はそれを避けうるほど十分ではなかったこと、
  またわれわれが全自然の一部分であり、その秩序に従っていることなどを自覚しているならば、
  冷静にそれにたえるであろう。

  もしこのことを明瞭・判明に認識するならば、
  知的認識によって規定されるわれわれのかの部分、
  いいかえれば、われわれのよき部分は、それに完全に満足し、
  そのうえ、その満足を固持するように努力するであろう。

  なぜなら、われわれには知的認識のゆるすかぎり、
  必然的なもの以外には何も欲求することができないし、
  また一般に、真なるもののうちにしか心の平和をえることはできないからである。

  以上のことから、われわれがこのことを正しく認識するならば、
  それだけでわれわれのよりすぐれた部分の努力は、
  全自然の秩序と一致するのである」。    
                      (中公クラシックス版より)
返信(1)を読む 最新返信日:2022/11/23(水)10:18:48

〈必然と能動 A〉 引用
池見隆雄 2022/11/17(木)14:35:23 No.20221117135026 削除
 「はーい〇〇です」と
 いつもながら、何らの底意も見通せない、張りのある声での応答。
 それへ対し私は、つい今しがた思い浮かべられたそのまま
  (自意識によるコントロールが不可能ということは、この事態は、
   私にとって必然――自然全体の秩序に則っていると見なすべきではないか)
 を、喉の奥から送り出すと、
 「そうなんです」。

 それに導かれるまま、もう一歩、私の着想は変転する、
 「必然とは、善でも悪でもないということですね」
 私が言い終わらぬ内、またしても、
 「そうなんですよ」

 言うまでもなく、私は、私自らの明るんだ未来を打破するかのような内面の衝迫的仕掛けを
 悪と区分けせざるを得なかったが、
 それがひたすらな偏見である、とこのとき気付かされたのだった。

 「善でも悪でもない必然であれば、それを、能動的に受けるしかないわけですね」
 重ねて、小揺るぎもない肯定がもたらされる。
 「逃げることと、受けることとは、全然、異なる次元と思われるのですが・・・」
 「そうです」
 「この今、私は、身動きもできないというのと違います。
  これから食事も摂らなくてはなりませんし、その後片付けだってあります」
 「生きてるんですもん」

 その方から、まるで幼児が、何らかの喜びでとび跳ねてるかのような気配が、
 電話越しにも如実に漂ってくる。
 何度か、耳にしてきたこの表明という船は、
 常に“無条件の喜び”へ錨(いかり)を下ろしている。

 「何ができるかどうかでなく、まず生きているという事実にこそ価値があるのです」

 私自身もまた、内省の深みへ錨を下ろして行く。
 「・・・どのような鬩(せめ)ぎ合いに翻弄されていようと、
  それながらに、存在の主体たる私は、
  たとえささやかでも生きる業(わざ)に手を付ける――果たしていかなければなりません」
 「どのような事態も必ず変化するのです、季節が移ろうように」
 「ですから、“今はこれで良いんだ”と能動的に受けるわけですね」
 「事態から逃げようとか、逆にそれをどうか始末しようと執着すると、こじれ長引きます。
  “今はこれで良いんだ”と受けると、それは良い方へ変化します」

 以上の問答を了えたからといって、
 直面した苦しみから、私が解放されたなどということでは毛頭ない。
 ただ、いわば、苦しみの表面が幾らか滑らかになったとでも。
 あるいは、その方から以前、教示された表現を借用すれば、
 その苦しみは苦しみでも、喜びに抱き取られた苦しみだった。
 
 スピノザの主著、『エチカ』よりの引用、
  「たとえわれわれの利益を考量したいという要求に対立するものが生じても、
   われわれは、自分たちの責務を果たしたこと、
   われわれの力はそれをさけうるほど十分ではなかったこと、
   またわれわれが全自然の一部であり、その秩序に従っていることなどを自覚しているならば、
   冷静にそれにたえるであろう」。(中公クラシックス版より)
                                  (終わり)
                 
                       

〈必然と能動 @〉 引用
池見隆雄 2022/11/14(月)14:37:22 No.20221114141203 削除
 例えば、何らかの出来事をきっかけに内なる風景が開け、明るみ、
 未来を創る道筋も見定められそうで、心躍りに駆られる、
 正にその瞬間、
 それを阻もうとする、あるいは不可能との刃を突きつけてくる、
 器質的(現在なら左耳の聴力低下)、神経的不均衡が頭をもたげてくる、
 少なくもこの三、四十年間、
 そうした厄介に、私は、たびたび見舞われ続けてきた。

 耳――聴覚に焦点を絞れば、
 何らの対象や必要もないまま異様に緊張し、
 やがてその機能の低下を前触れする耳鳴りが始まる――

 耳鳴りは逆の方向、つまり改善の暗示の役目も果たすが、
 両者でその音の高低や音色が異なる。
 一般に、高くて細いのはマイナスを、低くて幅広のはプラスなのだが、
 この場合はむろん前者である。

 その緊張を弛めるべく意識的手立てはさらになく、
 この状態が持続すれば聴力が低減との強い不安、恐れに脅かされつつ、
 手を拱(こまね)いているしかない。
 そして、大抵、服薬などによる折角の改善も、元の黙阿弥に落着する。

 つい10日ほど前も、そうした苦境に陥りかけ、
 ある方へ電話を入れる選択をせざるを得なかったわけだが、
 それはこの1年半ほどの習慣めいてもおり、最後の手段めいて認識されてもいた。

 不思議の感を拭い切れないが、
 さて電話を入れようと決めると、ほぼその都度、私の意識が少なからぬ変容を蒙る。
 このときも、例外でなく、
 混濁の最中へ清明な影が仄(ほの)めき出し、やがてそれが言葉へと形成される、
 ――自意識によるコントロールが不可能ということは、
   この事態は、私にとって、必然というべきではないか、と。
                            (続く)
 

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